出光美術館 乾山の芸術と光琳 後期

#その他芸術、アート

江戸城でお昼を食べまして、向かいました。
陶工で絵師の尾形乾山(1663年-1743年)は尾形光琳(1658年-1716年)の弟で親戚に本阿弥光悦なども居る文化的な家系の人です。実家は雁金屋という呉服商で、今回の展覧会には「雁金屋衣裳図案帳(国宝)」というものが出展されていましたが、非常に美しいもので、こういったものに接していたら、これは実に審美眼が磨かれたことだろうなあ、と思いました。
乾山というのは、窯が京都の中心から見て乾の方角に有ったことから付けた号です。本名は尾形深省といって、この名前は私は結構好きです。
乾山本人は特に最初は素人で、焼くのはおろか絵付けもしていなかったそうで、要するにコンダクター的な立場の人です。芸術的素養のある、具体的な技術は持っていない独裁者。ということで、クラシック音楽華やかりし頃の指揮者はみんなこんな感じだったかもしれません。集団作業で飛び抜けて高度な芸術を達成する為には、感性から出たもので集団を統率することが必要条件なのではないか、と考える今日この頃です。

焼き物は和風のものでは「黒樂茶碗 銘 老いの友」の素朴な黒さ等が印象に残りましたが、個人的には中国やオランダのものからインスパイアを受けた一連のものが印象に残りました。
中国のものを模した「色絵石垣文角皿」はさながら古教会のステンドグラス(中国ですけど)で、そこに更に和風の味わいが有るのが絶妙です。「色絵阿蘭陀写花卉文八角向付」も和風な西洋柄がぎこちなくも面白く、オランダ製オリジナルの「染付花卉茶碗」も赤が映えていて良い味が有りました。角皿では「銹絵独釣図角皿」の右下にちょこんと釣り人を描いた、余白の多いデザインが印象に残りました。「銹絵染付緑彩山水文平鉢」や定家を題材にしたものもデザインが緻密で凄かったです。「色絵笹百合文鉋目皿」は現代良く有るでこぼこした平らな皿ですが、乾山が開発したデザインだそうで、本当に現代の色々な所で生きているんだなと思いました。
乾山の焼き物は全くデザインがばらばらなんですけど、どこかに統一性のとれた品が有るのが特徴だと思います。琳派的な品ともいえるかも知れませんし、実家が凋落した後の切実な商売だったので、商品としての端正さが意識されているのかもしれません。

絵では「花籠図」が花の繊細な描写とデザイン的に大胆に描かれた籠の対比が素晴らしく、また横にあった「墨だけで描かれた籠のリズムと、草花の動きに沿った軽やかな彩りの旋律が組み合わされて調和を生んでいる」という解説が見事で、こっちにも感動しました(笑)国宝で、遠路福岡からおいでませでした。
波図「白漫盈」も雄渾な書が素晴らしかったです。

それにしても一番凄かったのが尾形光琳の「竹梅図屏風」です!水墨画なんですが、竹を描いた水墨画の多くは勁さを強調した直線で描かれ、またその勁さが良く出ている物が良いものなのですが、この光琳の描いたものは節々でぐにゃくにゃ曲がっているんですよね。このとぼけたような微妙な折れ方とうっすらしていく墨の含ませ方が筆舌に尽くし難く、異常に感動してしまいました。正直道に迷ったり、江戸城内をぐるぐる回ったりしたので、やや朦朧としていたのですが、一瞬でシャキッと生き返りました(笑)自分に対してビックリしましたし、人の体って不思議だなぁ~と素朴に思いました。下部に描いて有る梅は対照的に勁めに描かれていて、梅のぽっと咲いた感じも和みました。
後はその先のものを観ていたのですが、最後閉館の直前でまた名残惜しくなり、殆ど人の居なくなった会場の奥まで歩いていって、15秒位観てから、たまに振り返りつつ帰りました。

乾山展で素晴らしかったんですが、結局光琳に目がいってしまって、少し申し訳が無かったです。展示の制約で片面しか見られなかった物が多かった、というのはありました。また、各分野の芸術家で、自分の分野でしか出来ない事をやりたい、と仰る人が居ますけど、そういう意味で言ったら陶芸でしか出来ない表現というのは、やはり料理とのコラボレーションで、貴重過ぎる故にそれができなかった今回は、乾山の魅力が全開というわけにはいかなかったのかも知れません。一番最後に有った乾山の皿に料理を盛った様を撮った写真の鮮やかさはまさに瞠目すべき物が有り、乾山の凄さを強く印象付けられました。今思ったんですけど、記憶を辿って空想の中で盛り付けるのも楽しいかもしれませんね(笑)腰の入った発掘の成果を生かした、豊かな展覧会でした。運営の方は有難うございました。

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