目黒区美術館 紅心 小堀宗慶展

#その他芸術、アート

券を頂いたので、行って参りました。

この前の、NHKスペシャル「玉砕 隠された真実」ですけど、あれはなかなか凄かったですね。玉砕は、やはり大本営による殺人であった、というのが、凄惨なまでに描かれていたと思います。
一方で、倉本さんの「歸國」ですけど、観ていないんですけど、あれは非常に筋違いなのではないかと思います。
英霊英霊とラジオでも連発していましたけど、英霊というのがすでに大本営よりの捉え方なんですよね。当時の一般兵士は駆り出されて大本営に殺された。被害者である、ということが基本だと思います。では加害者は誰なのか。なぜ加害するに至ったのか、ということを分析する以外に歴史を進ませる方法は無いと思うんです。あれは責任の所在をぼやかしてしまう作品だと思うんです。
被害者が最初に行くべき所は、大本営の関係者の枕元で、核心を突くならばそこから始めるより以外ないと思うんです。
白川静さんは戦後は起承転結の起がないと仰っていましたけど、このような捉え方では一生「起」は生まれないと思います。

最近の人はばらばらで、戦争体験を囲炉裏端で伝えたりしない、とも言っていましたが、太平洋戦争の体験は悲惨すぎて、そういう場で語られて伝承されるような性質のものではない。意識的に社会でやっていくもの、だと思います。

戦争描写もないそうですけど、核心を突くような活動をしていた人が、戦後優遇されなかったということを、この作品は示しているのではないかと思います。そしてそういう時代は、既に終わりを迎えたのではないか。

「梶の葉に七夕歌」「薬玉」「目利きの箒 手辛の鋤」といったものは、昔の民俗的なものを再現したり、描いたもの。婦はこの箒を持って清めている女性の姿で、掃除をしている女性ではありません、というのは白川静さんの持ちネタの一つです(笑)

「イグアスの大滝」は殆ど描き込まないで、後は想像して下さい、といったものなのですが、滝好きの僕には確かにイグアスの滝がみえたような気がします(笑)

「古き道具とてその昔は新し」という小堀遠州の言葉が書かれていましたが、良いものは良く悪いものは悪い、という意味でしょう。
古典では墨子の「いはゆる古の言服なるものは、みな嘗て新たなり」という言葉と似ていると思うんですが、それに似た合理主義的と思われる部分、民俗的な部分を持っている流派なのかもしれません。

名品の部では名物を洗ったら綺麗になった、ということが解説によく書かれていて、流派の特色なのではないかと思います(笑)

「馬蝗絆」が国立博物館の東洋館にいつも鎮座していた品物。
「丹波茶碗 銘 雪間草」が厚手の、ゴマの練り物、というと全然違いますけど、そういう味がある作品。

コメント

タイトルとURLをコピーしました