東京オペラシティ コンサートホール アリス=紗良・オット ピアノ・リサイタル 展覧会の絵 他

#音楽レビュー

行って参りました。

アリスさんのコンサートに行くのは初めて。お客さんの入りは、良い席は大体埋まっていてそのほかもかなり埋まっている状態で、均して8割くらいでしょうか。

曲目は

モーツァルト:デュポールのメヌエットによる変奏曲 ニ長調 KV.573
シューベルト:ピアノソナタ第17番 ニ長調 D.850
ムソルグスキー:展覧会の絵

といった構成。

会場が暗くなると、アリスさんらしく、物凄くあっさりと登場してピアノに直行。ドキュメンタリーでは楽屋でも寛いでいましたけど、そういう流れで実に良くリラックスできる人なのでしょう。

モーツァルトは俊敏で凛としていて玲瓏とした趣もあり、アグレッシヴで自然です。旋律旋律の描き分けも見事です。

現役の良いモーツァルト弾きにはピリスがいて、そこそこ良いのですが、ロマン派っぽいというと正確なのかわかりませんけど、モーツァルトらしくない余計な表情が付いているところがあって、すっと入ってこないんですよね。それと較べるとアリスさんのモーツァルトはより表情が自然で、それが素晴らしかったと思います。

またモーツァルトらしいモーツァルト弾きと目される人にギーゼキングがいますが、あのようにスケールが小さくなく、とてものびのびと弾いているのも良いと思います。

ただ凄く厳しく聴くと、弱音にぞっとするような表現力はなく、モーツァルトは音数の多いところで宇宙的な響きが出るときがあるのですが、どちらかといえばそういったところも雑然としていたと思います。
もっと曲想の描き分けがあって良いところや、えぐった表現が期待出来る所もちらほら。

ただ本当に愉悦感があって天国的な演奏で、モーツァルトの演奏として3、40点つけられると思います!

シューベルトはとても躍動感がある演奏で、音楽の強さが流石。変化がめまぐるしく、有機的であり、やはりこの人も良い意味で動物的な所があります。

ただ、弱音を沈潜するように鳴らしたかと思うと、一気に最強音まで盛り上がる奏法を多用する所があり、中音域の豊かさに欠ける傾向があります。

内田のピアノであるとか、ウィーンフィルのシューベルト物から聴こえる、曖昧な豊かさはあまりなかったように思います。ウィーンフィルですとか、C・クライバーが振っても典雅にやりますからね。

ただそれは、物凄く切実に弾いているがための、強烈な表現であって、中音域を適当に鳴らすルーティンワーク的な演奏との対極にあるともいえます。

あんまりシューベルトっぽく無い様な気もしますが、シューベルトの気性の荒さを思えば、実はこういうのが正道なのかもしれません。

また、最弱音がやや使えていない印象で、この前聴いたカシオーリの様なその近辺の豊かさはあまりなかったと思います。ここら辺では、以前よりややデリカシーにかける印象かな、とも思いました。

音階を下降する時に、名ピアニストだと高層ビルのエレベーターがストーンと落ちるように落ちてくるものですが、そういったものもやや薄い所がありました。

変化の幅も広いのですが、ある一定の範囲内に収まっている印象で、はっと驚くほどの破調には欠けていたように思います。

何かくさしてばっかりのような感想になりましたけど、書いていておかしいなという感じで、実際は気迫に満ち溢れた凄くいい演奏でした。

ここで休憩。アリスさんは演奏中の動きなどはドイツの人っぽいなと思うことが多く、日本語を話されるのうっかりしていたのですが、後で覚えたものなので、文化圏的にはあちらの人ですよね。ただお辞儀は凄く丁寧でしとやかで、お辞儀文化圏の人間として、なんとなく和の心も感じました。

メインの「展覧会の絵」は中音域の豊かさはなんのそので、振幅の大きいデモーニッシュな表現が生きる曲で、シューベルトで微妙に感じた違和感は、音楽を「展覧会の絵」向けにチューニングしてきたからではないか、と思わせるものがありました。

プロムナードはどれも、堂々としていて良く聴くと細かい表情が付いていて、表現力豊か。回を重ねるごとに深まる儚い美しさに魅了されます。

「小人(グノーム)」では静から動の移り変わりが素晴らしく、静寂を優れた剣術家の斬撃の様な気迫が一瞬きらめき、激しい打鍵が瞬間的に打ち込まれます。(正しくいうと、気の起こりがわかり安すぎるので違うとも言えますが)

最近の「展覧会の絵」は上原彩子さんが出色の出来でしたが、絵で表現するとレンブラント的な明暗の劇的な表現で、アリスさんはもっと何も無いところからお化けが飛び出てくるような印象で、全て投入したかのような悪魔的な表現力が比類ありません。

「ビドロ」はガメラが巨大化して町を練り歩いているような雰囲気で、轟々とした迫力が極めて怪物的。アリスさん自身も肩が斜め上に非常に大きくなったような形になって、曲ごとに人格が移り変わったかのような感があります。

「卵の殻をつけた雛の踊り」の上手く音楽が浮いた、小躍りするような軽快さもお見事。

「鶏の足の上に建つ小屋 – バーバ・ヤーガ」の一気呵成の猛烈さは圧倒的で「キエフの大門」は絢爛かつ非常に動的。他の演奏家の演奏からは石造りの印象を受けるこの曲ですが、うねる感じで、フィナーレを盛り上げ、変化が織り込まれています。

祈るように没入した演奏で、隅々にまで神経が行き渡っており、気迫が物凄かったです。それほどまでにしてくれるのかと思うほど、攻め抜いた表現力を披露していただいて、襟を正して聴き漏らすまいという気持ちになります。

聴いているこっちも完全にギアが入って、音楽に引き込まれます。
私は演奏が乗ってくると、身体が勝手に動くのですが、周囲にそういう人がいないのが逆に不思議なんですよね。もっと身体で音楽にシンクロしても良いのではないかと思うんですよね。

アンコール曲は

・リスト:パガニーニによる超絶技巧練習曲集第5番「狩」
・シューマン:ロマンス第2番

で、パガニーニは非常に表現に幅があって勢いがあり、シューマンは錯綜する動物的なうねりが見事でした。

物凄くエネルギッシュな演奏会で、こっちまで気合が入って、家まで飛んで帰れるかと思いました。
そして、とても楽しかったです。

終演後ホールに行ってみるとサイン会があって、空間を埋め尽くす物凄い長蛇の列。この日の演奏会のプログラムは有料で、見本を見たかぎりそこまで内容が充実しているものではなく、薄い割りに五百円もしたので買わなかったのですが、実質サインの台紙代わりだったのだなと納得。
終演後にプログラムを買っている人もかなりいました(^_^;)

私は流石に並ぶ気にならず帰ったのですが、実際にサインをしているアリスさんを間近で観ると物凄い美人で、周囲ではきゃしゃだね~、と感嘆の声が。帰りの道では、本当に聴くために来たのか云々、と噂していた人がいたと思うのですが、実際そういう人も多いのでしょう。あまりにも咳払いなど演奏中の雑音が多く、庄司さんのときとはギャップがあり、観客が多いせいなのかな、と思っていたんですが、全体的に集中力の低い人が交じっていた可能性があります。

アリスさんは来日演奏を始めた頃はなかなか観客が集まらないこともあったらしく、そういう時代を経て観客を大切にされているのでしょう。僅かにアイドルの集会的な雰囲気も混じっていましたが、そういったものも肥やしにしてアリスさんはどこまでも向上して行くに違いありません。
アイドルはお客さんを呼ぶことそのものに打ち込んでいますからそれで良いですが、ピアニストでは気持ちの持ちようによっては本来の方向からずれてしまうこともありますからね。

アリスさんは強烈な表現力を持つ天才的なピアニストであって、内面的な輝きもまばゆいものがあります。音楽が好きな人には是非いってもらいたいと思います。

サイン会に普通に並んで普通にサインをもらえると思っていたのですが、甘かったです。お話しするときの台詞も考えていて、とても研ぎ澄まされた演奏でした、怪物的なところもあって素晴らしかったです。

ありがとうございました。

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