戸栗美術館 古九谷名品展~躍動する色絵磁器~ その3

#その他芸術、アート

11月28日のモーニングバードでも、示し合わせたかのように、国民の生活が第一が合流した、といっていましたけど、橋下と石原は示し合わせたかのようにと表現しないのでしょうか。さらに伊藤敦夫さんが出てくると苦々しそうに小沢と結び付けてたたき始めますが、裁判報道などに対する反省はありません。

同日の天声人語でも、誰の仕掛けか、生臭くもある、とのことですけど、明確に小沢を匂わそうとしていて、広告費や旅行の反省もなく、捏造裁判を擁護して大量の報道を流した反省もないのでは、メディアの名に値しません。

モーニングバードでは伊藤惇夫が「選挙互助会的なところが紛れ込んでいる」と日本未来の党を批判する文脈で発言。
他では例えば後藤謙二は「票が取れる方向に政策を看板としてたてる」といっていて、意味があるとは思えない批判をする金太郎飴のよう評論家が、いきなり湧き出した感じです。
どちらも政策の質の中身とは関係のないもので、どちらのこともむしろそういったことで深刻なのは他党です。

11月28日の大竹さんのラジオでは安倍自民党の政策に触れていて、親族同士の助け合いを義務付けるようにするとのこと。政府が楽をするための新自由主義特有の親族の絆の強調で、大竹さんは疑問を呈されていましたけど、ここまで話すとより矛盾・横着が浮き彫りになりますよね。安倍家の経済力は強いですけら、そういった所が得する仕組みですよね。

11月27日のTBSの夕方のニュースでは十年前に19歳でホームレスになった男性の特集をやっていましたけど、施設出身だったとのこと。日本未来の党には、そういった方向性に行くのでしょうけど、施設で育っても大富豪の家で育っても同じスタートラインに立てる政策を周到に計画することを望みたいと思います。

ラジオに戻ると、やったことがないからやれない、という橋下の脱原発についてのコメントを取り上げていましたけど、ただの前例主義ではないでしょうか。仮にも維新という名前の付く党の代表がいうことですかね。といいますか、最近受けを狙って発言しているようにしか思えない様なコメントが目に付きすぎると思うのですが・・・・。

11月28日にはラジオで岸博幸が、飯田哲也さんが維新と距離を置きつつあることについて、裏切るような男は信用できない、といったそうですけど、どうみても裏切ったのは橋下です。この人は竹中の下で日本の国力を急激に減退させたことへの反省が無いのではないでしょうか。

先週のサンデーモーニングの「風を読む」は人は選択肢が多いとわかりやすいものを選びたくなる、という実験を紹介して、ポピュリズムにつなげていましたが、わかりやすい・わかりにくいと良い・悪いは別の座標軸だと思うんですよね。そういう意味で特集としてピンボケのように感じましたし、一般論に終始して、ジャーナリスティックな反動を恐れないで権力を批判する精神がみえないのが不満です。

生活が第一と較べて維新の報道量はものすごいです。尖閣の話題でも石原に絡めて報道されることはありませんでしたし、偏ったわかりやすさがもたらすマイナスを批判できていないので、何をいってるのかと感じるというのが率直な感想です。

偏ったわかりやすさの中に潜むマイナスを指摘しないでむしろ後押ししているこの番組を含めたメディアの存在がそういったマイナスをもたらしているのではないかと思います。

11月28日のワイドスクランブルでは姜尚中の息子さんが自殺して亡くなった話をやっていましたけど、姜さん自身も少し神経質なところがりますし、家系もあるのでしょうか。
姜さんといえば「悩む力」が有名ですけど、このインタヴューによると最後は突き抜けて横着になるとのこと。ならば横着力の方が良いのではないかと思うのですけど、この考え方はいわゆる運鈍根でいうところの「鈍」を磨耗させてしまう考え方だと思うんですよね。

東洋思想でいえば「莫妄想」(妄想すること莫(なか)れ)という考え方と背反します。あんまり余計な所で悩むと生命力が磨耗するんですよね。姜さん自身も、悪い人ではないんですけど、議論が隘路に陥って結局大した事を提言していなかったり、全体から見てバランスを欠いている議論が散見されると私は感じています。

ただ禅では「疑」という問題と正面からぶつかる事を非常に重視していますし、釈尊にしても親鸞にしても自分と厳しく対峙した末に、宗教的な境地を切り開いています。しかしそれは真剣な対決であって、現代に普通に言った時の悩む、とは隨分性質の違うものだといえます。

近代以後は特に闊逹な人より、何か考え込んでいる人間の方が高等であるというような通念が社会にあったと思うんですけど、その考え込み方には東洋的な立場からいって「妄想」に分類されるようなものがかなり交じっていると感じます。

考え込んでいる自分が格好いい、というとちょっとあからさまにいい過ぎかもしれませんけど、近代の通念の延長線上に姜さんの「悩む力」があるのは確かだと思うので、先ほどいったよう東洋的な立場と対決・消化して更なる高い概念へと昇華させていって欲しいな、と思っています。

現代ではジョブズですとかが単純に考える事を強調していて、日本では稲盛和夫も似たような意味の事を言っているみたいですけど、これはそういった東洋的な立場を話しているといって良いでしょう。

他にもそういった事をいっている人は日本にもいますけど、むしろ、逆輸入を感じさせるような人も結構いますね。

11月28日の素粒子にも小沢さんの策略云々と書いていましたけど、あえて言えば策略を練るほどの脳みそは小沢にはありません。
朝日得意の(旅行や広告費や電通や官僚の指示もしくは馴れ合い、といった諸々の力学によって)グループ内で偏向報道をひたすら繰り返して、それを社会の流れと捉えてメタ視点から叩いて蚊帳の外にいるかのようにみせるやり方です。
これを見抜いてしっかり批判していかないと何事も始まらないと思っています。

こういう上から目線は普段ポピュリズムなどといっている「識者」が同調しやすいもので、ひっかかって、流石朝日とか思いかねないのがとても危険です。郵政も絆もそうでした。現行の報道体制を維持する一つの重要なやり方です。

11月28日のTBSの午後6時ごろのニュースでは堀尾さんが、直前になって政党が出来るのはどうかと疑問を呈していましたけど、いちゃもんを付けないと気が済まないもよう。
6時10分ごろにはフラッシュニュースでTPPに早く参加しないと取り残される、という政府の言い分をそのまま垂れ流していましたけど、この部分について言えば大本営発表を垂れ流しているといえるでしょう。

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