8月13日サンデーモーニング 風をよむ その3

#その他文化活動

さらには司馬遼太郎氏の主張には日本文化に責任をおしつける記述がとても多いです。

今まで私もたくさん指摘してきましたが、その日本文化に責任を押し付ける記述はすべてと言えるくらい間違っています。

例えば「昭和への道」に書かれている源氏物語に主語がないのはあいまいで主体意識に欠けるからではなく、文脈を読めばわかるからであって、不必要だからです。

私小説が日本文学に多いのは、客観的・理性的に書けないからではなくて、欧米文学にも私小説がたくさんあるのに研究不足でそれが理解できていなかっただけであるということがわかり、ここ20年くらいでたれも言わなくなりました。

(ちなみにほかにも口を開けばこれら説を言っていたような文筆家(やコメンテーター)を複数知っていますが、それらの人が訂正して振り返った、文責を果たした文章を私は知りません。)

これらは好悪の問題ではなく事実です。

このように間違えに満ちているのに欧米化された近代人である昭和の日本人は検証もせずにこれらが正しいと決めつけてきたのです。
(まさに日本人である)近世以前の日本人が悪いと適当に言えば責任を押し付けて納得してしまっていたのです。

同じことは丸山眞男や「失敗の本質」の記述にも満ちています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました