(http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/23/moritomo-sontaku-in-english_n_15572790.html)
とのことですけど、別に普通に“Flatter”(媚びる)を使えば良いのではないか。
そう考えると今回(加えて日本の長年の報道の慣習として)の「忖度」という言葉は、「媚びる」と書くと批判調になってしまうため、本来は意味の違う言葉を持ってきたせいで混乱しているともいえないか。
政権との対立を避けるメディアの慣習によって、歪められてきたのではないかと考えます。
日本語は表現能力が高いだけで狡くない。狡いのは言葉を歪め、無責任に使う連中です。
調べると過去には繊細な文学的用例が多い。
「人の心を推しはかる」という忖度本来の高度な気遣いがこのようなところにあるとは言えない。
的外れな日本特殊論であり、現代人の堕落・無責任を文化・過去の日本人に押し付ける常套的ごまかしの一環です。
これは司馬遼太郎さんの間違った文化論に頻出するものでもあります。
コメント