英雄たちの選択「知りすぎた男たちの挑戦 蛮社の獄 渡辺崋山と高野長英の決断」

今回は「知ってしまった」がために弾圧されてしまった知識人の話。
「今回はとてもタイムリーなテーマがみえてくるかもしれませんね」と磯田道史さん。
もちろん安倍政権のアンチ知識人・知性的な政策への危惧が背景にあります(確信)

中世のは気楽に観られるけど、幕末になると現代へ直結するものをひしひしと感じさせますね。。

崋山の幕政批判の書。「慎機論」が幕府内部で異国船うち払い継続の強硬派が勝利したという誤った情報を信じたので書かれたということ。一応根っこには誤情報があるんですね。

「公共空間」(公共の議論の場)が無い国は危ない、と磯田道史氏。

VTRには幕末ではこういう民間の議論を「公論」とか「公議」と呼んでいたとありますけど、今だったら「私」が付きそうな感じで、当時と比べて今の「公」という言葉はやや意味がずれているのかなと感じました。

この二人は捕縛される過程もものすごく運が悪いですよね。多少先がを観えているけどただの夜郎自大な過激派が捕まった、というのではなく硬軟を踏まえた本格的な人間がこのような目にあったということがなおさら悲劇性を感じさせます。

幕府が蘭学者を追いやったがためにみんな蘭学者が外様大名の所に行って幕府を倒す技術を集積させてしまった、と磯田道史さん。

現代の安倍政権もかなりインテリジェンスの包囲網はそこはかとなくできてきている感じはしますよね。

極秘情報が市井の知識人にまで流れているということは幕府の中に内通者がいるということではないか、それを幕府はより恐れたのではないか、と宮崎哲弥氏。

現代でもやっぱり政権内部に語りかけて、今の安倍政権の路線に疑問を持つ人を増やしていくことが大切だと思う。特に官僚の中にそういう人を増やしていく必要がある。

さらには安倍政権を成立させてしまうような時代のもっと大きな「文化」を支えている人たちの価値観に切り込みを入れていかなければならない。

現代とリンクする話なのでスタジオの議論もかなり白熱した様子。皆さんが日頃の情報発信で感じているものを吐露していく感がありますね。
ただここ出でている人たちはここに出られているわけでやっぱりそういう観点から言うとどうなんだという人が集まっているんですよ。

批判者はセンサーなんだ、敵だと思わないで高感度センサーだと思えばいい。という磯田道史さんのまとめ。
ただ自分たちの権力、という立場に立ってしまうとセンサーだとは知覚できないわけですよね。敵であると。日本全体という立場で考えた時に初めてセンサーであるとみえてくる。
東洋的に言えば天からの視点ということになるんでしょうけど、権力の中枢にいながらそういう観え方をする人をこれからどんどん育てていかなくてはなりませんよね。

あとこういうことは話されなかったですけど、後の幕府の協調外交はこの二人の方針そのものですよね。捕まえるために調べていくうちにその通りだと思うようなところがあったのではないでしょうか。

これは日本外交のピーク。日本を救った現実的な外交路線。と最近では讃えられていますけど、その下地を作ったのはこの二人だったともいえるのではないでしょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました