サントリー美術館 生誕三百年同い年の天才絵師 若冲と蕪村 第3展示期間 その2

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「弄翰子 編 『平安人物志』明和版 小本一冊 木版墨刷 江戸時代・明和 5 年(1768) 京都府立総合資料館」は当時の有名人が列挙された名簿。本展に出てくる人がかなり載っています。「平安」という名前に当時の平和な雰囲気うかがえるでしょう。

「伊藤若冲 筆 雪中雄鶏図 一幅 紙本着色 江戸時代・18 世紀 京都・細見美術館」は見事な鶏で、見事すぎるが故に、鶏をしっかり描くことの大変さを痛感させられます。

儒教で「五徳」を備えているといわれた鶏を自身と重ねて描いていたのではないか、という解説。

「伊藤若冲 筆 糸瓜群虫図 一幅 絹本着色 江戸時代・18 世紀 京都・細見美術館」はおっと思ったらやはり前に細見美術館展で観たもので、われながら結構若冲の代表作は観ていて、懐かしい作品も多かったです。

これを代表に枯れた葉っぱの描き込みが若冲の特徴。カタログにはいわゆる南蘋画だけではく西洋の写実技法も若冲の大きな特徴と書かれており、ここら辺も写実精神なのでしょう。

「伊藤若冲 筆 鸚鵡図 一幅 絹本着色 江戸時代・18 世紀 和歌山・草堂寺」は鎖につながれたオウム。皆川淇園の若冲のオウムは鎖につながれた悲しさまで表現されている、ということばがあるらしく、この絵のことではないかと暗示されているでしょう。

評にも動物愛護のいたわりが感じられます。

「伊藤若冲 筆 月夜白梅図 一幅 絹本着色 江戸時代・18 世紀」は細かく梅の枝の質感である凸凹まできっちり表現されていて、どこを観ても実に細緻。

「伊藤若冲 筆 寒山拾得図 双幅 紙本墨画 江戸時代・18 世紀」は変人的に描かれる寒山拾得が満面の笑みで描かれていて、平和でユーモアが発達した江戸時代らしさを感じさせます。こういった絵は本当に、科学的に笑いの判断力などに対する効用ということが明らかになってくると、意味が変わってきたものでしょう。

寒山拾得が変人的に描かれるようになったのは、たまたま中国から渡来したそれがそういう描き方をされていたから、というカタログの解説。

「伊藤若冲 筆 菊図 一幅 紙本墨画 江戸時代・18 世紀」は「若冲固有の技法」と解説される「筋目描き」が使われた作品。真に迫ろうとして輪郭をぼかす情熱がダ・ヴィンチ的です。同じように点描も駆使していましたし、似ていますよね。

座敷で興に乗って披露するようなこともあったとのこと。

「伊藤若冲 筆 菊図 一幅 紙本墨画 江戸時代・18 世紀」は鶴亭という勢い重視の人の画風に影響を受けて描いたものらしく、生動感が素晴らしいです。この墨という素材を生かす勢い・生動感は東洋美術の本質の一つといえるでしょう。

一方蕪村はこれまであんまりまとめて観ることが無かったんですけど。「与謝蕪村 筆 「花の香や」自画賛 一幅 紙本墨画淡彩 江戸時代・18 世紀 滋賀・MIHO MUSEUM」は夜の嵯峨を描いた情趣あふれる作品。この明滅が蕪村という人の大きな特徴だと感じました。
陰影というものではなく、大きなスケールの明滅に興味があったといえるでしょう。

どうでもよいですけど、ロマンシング嵯峨、と呟かずにはいられません。

「与謝蕪村 筆 奥の細道図巻 二巻 紙本墨画淡彩 江戸時代・安永 7 年(1778) 京都国立博物館」は奥の細道を書いて絵を付けたもので、蕪村はこれを生涯で何点か残しているとのこと。勉強と実益を兼ねた画巻です。

蕪村がいわゆる「蕉風復興運動」を力強く展開していたことがわかる品です。

アララギ派など芭蕉を強く貶す一方で蕪村を持ち上げたりしますが、全くおかしなことなのがわかると思います。

そもそも芭蕉の句の中に含まれる絶妙な禅味がわからない人は蕪村のそれもわからないだろうと思います。

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