出光美術館 日本の美・発見III 茶 Tea ―喫茶のたのしみ― 前期

#その他芸術、アート

券を頂いたので、行って参りました。

それにしてもサッカーは面白いですねぇ。ブラジルですとか、負けてしまいましたけど、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽんっ、といった感じの攻撃が良かったですよね。
マラドーナが「面白くなければ攻撃じゃない」といっていましたけど、これは、良い攻撃には創造性があって、それは観ていて面白い、ということだと思います。そういう面白さのある大会ですよね。
寝るのが遅くなるのが続いている方は、お疲れさまです(笑)

解説によるとお茶には二つの流れがあって、茶道と中国趣味の煎茶に分けられるのだそうです。
どこら辺に大きな違いがあるのだろう、と自分なりに考えたのですが、茶を飲む場は安らぎの空間といえそうで、仏教的にいえば涅槃の一種と捉える事も出来るでしょう。
涅槃の分類で幾らか雰囲気が分けられるのではないかと思いました。

中国のお茶は文人のいわば俗世を離れて楽しむ茶で、俗世を離れて安らぎを求める、出家遁世の涅槃ともいわれる有余涅槃に分類できるでしょう。

日本のお茶はどうかというと、いつも思い出すのは上田宗箇の戦場で茶杓を作っていたという話ですね(利休も作っていたらしい)。戦国武将によって育てられた文化という面もありますし、日本のお茶は戦場・俗世の渦巻く中で発達した、といえると思います。いわば動中の静であり、死地の中の活地であった。また、両者の混沌とした中にあったといえそうで、それは中国のお茶より、なんでもそのまま清浄とみて、特に俗世を厭わない、無住処涅槃的な傾向が強かったと言えると思います。

しかし、日本の茶道のこの性質には、中国のように強烈な思想的・政治的相克があんまりなかったことが関係している、とも言えるかもしれません。一方で清談と共にあったという中国のお茶にはそういうものを潜り抜けて来た強靭さがあるかもしれず、この分野でも日中の文化は相補的である、といえるかも知れません。

そんな日本のお茶も解説によれば、19世紀にはサロン的になってきたらしく―――――今回の展覧会の田能村竹田の絵にそういう雰囲気が表れていましたが――――この頃にはかなり、有余涅槃的なお茶になってきたといえるでしょう。
そしてさらに明治に入り、半ば女性を縛る道具と化した所に、現代の茶道はあるといえるのではないでしょうか。

「色絵梅菊文水注」は「水注の形は、直接のつながりはないが、中国の白磁暗花唐文僧帽形水注に良く似ている」そうで「液体を注ぐ用途が生み出した、時と場所を越えた、器形の類似といえよう」とありました。

牧谿の「平沙落雁図」は、相変わらず目を凝らさないと何も描いていない様に見える作品(笑)プライスさんが若冲の絵を観て、なんで布に付いた染みにこんなに感動するのだろうか、と感嘆されていましたけど、その言葉はこの絵にこそぴったりかもしれません(笑)

玉澗の「山市晴嵐図」は、やはり簡潔で瑞々しいです。非常にフレッシュですね。

「佐竹本三十六家仙絵 遍照」は断簡ですが、さっきの牧谿も、そもそも瀟湘八景図だったのを足利義満が分断したものらしく、この時代までこういう感じだったということなのかもしれません。

器では「青磁腰袴香炉」がピカピカした綺麗さが無い、色の濃い、深く沈殿したような青磁で、心に残りました。

「高士弾琴図」を描いた富岡鉄斎は海外で評価が高い人だそうで、ごつごつした、溶けかかっている様な絵をみて、いつも棟方志功に少し似ているなと思うんですよね。
棟方志功はドイツ前衛美術に似ている、といっていた人がいましたけど、鉄斎もそういう文脈で受け入れられているのかもしれません。

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