国立科学博物館 特別展 マチュピチュ「発見」100年インカ帝国展 その2

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4月21日の朝日の一面は、放射能「独自基準やめて」とのことで食品メーカー・スーパーごとの独自基準の自主検査を自粛するように農林水産省が求めたとの事。(http://www.asahi.com/politics/update/0421/TKY201204200862.html

モーニングバードで立花胡桃姉さんが東電が出したセシウムは一ベクレルも摂りたくない、というようなことをいっていて、極めて率直で、庶民感覚を生かすという意味でのコメンテーターの役割をとてもよく果たしている人だと思います。

広域処理のときも玉川さんに利権はないのか、と尋ねて、調べてないといわれていましたけど、テレビの中では格段に尖っている玉川さんの特集の一歩先の感覚をいっていたと思います。

島田市の市長の焼却所との利権関係は国民みんなが知れるようにテレビは報道するべきですし、鹿島建設が負って良いのかと言う事も問いかけるべきだと思います。

低線量被曝の研究は確定的なことをいえる段階に無い事を認めて、一ベクレルも取りたくない、という人にはその道を残すべきだし、本来は検出されたものは政府が管理して、すべて東電が買い取るべきです。
今の技術、検出量ならやる気があれば、特に米などは全量検査までして、とっくに出来ることだと思うのです。

「基準」という記号に自縄自縛の状態を自ら作って、国民の利益をはなはだしく損ねていると思います。
基準値以下なら食べさせても問題ないから、僕たちは悪くないんだよ~、という原子力ムラと一体になった政府の思い込もうとする心の声が聞こえます。

この記事も主語が「農林水産省」になっていますが、省内の誰がどのような考えで、誰の責任でこのようなことをいっているのかまで調べて、固有名詞で報道するべきです。そうでないとジャーナリズムの域に達しているとは到底いえませんし、組織に隠れて影響を及ぼすことを助ける意味でむしろ有害だと思うのです。

同じく、4月23日の午後5時20分頃のテレ朝のニュースでは食品の基準値を独自で作らないように勧告した話をしていましたが、やはり東電の文字は出てこず、郡山の業者の話として、勝手な基準で売られると困る、という事を放送していました。

コメンテーターの人も基準値の押し付けに疑問を呈しながらも、生産者の為に大人は食べるとかという判断があっても良いのではないかという事を言っており、これは生産者と消費者を対立させる考え方だと思います。そういった報道は慎むべきだと思います。

汚染されたものは東電が補償するので生産者は気にする必要はないし、また政府はそのような体制を整えるべきだ、という事をいうべきだと思います。

原発再稼動と関連して考えれば、これは東電の負担軽減のための措置であり、そういう角度から突っ込んで取材して、誰がどのような意図で立案したのかまで調べ挙げて、個人名で報道するべきだと思います。

立案者の顔がみえるような報道を心がけてほしいと思います。

4月24日の朝8時45分頃のモーニングバードの特集でも、東電のとの字も出てこず、偏っていると思います。

宝くじのCMがまた最近良く流れていますけど、テレビはニュースで、やはり天下りの巣窟になっている事を周知徹底するべきだと思います。消費者はその上で選べば良いですし、そのような報道をしないとTEPCOの時と同じ様に広告が賄賂としての性質を持っている、ということになるのではないでしょうか。

モーニングバードのヒップホップ検定の天下りを追った報道は良かったですけど、そういった感じで掘り起こして頂きたいと思います。

4月16日のTBSの午後五時半頃のニュースでは、原発を止めると甲子園のナイターの節電をしなければならないかもしれない、ということを堀尾さん・杉尾さん以下スタジオで言っていたのですが、どんなに足りなくともピークの一瞬だけのはずで、一日中節電になるかのように錯覚させる原子力ムラに都合の良い報道だと思います。よほど情報不足なのか、歪んだ心構えのもとに歪んだ情報を流したのどちらかだと思います。

4月21日のANNでは仙台でのパンダの受け入れに反対する小規模デモを取り上げていて流石にビックリ。もう、公正な報道機関を名乗るなら、原発関連のデモは取り上げません、とあらかじめ断りを入れるべきなのではないでしょうか。
偏った報道以上に、偏っていないと見せ掛けた偏った報道の方が、ずっと良くないと思います。

一瞬、パンダデモを装ってマスコミが集まってきた所で、脱原発デモに切り替えたら良いのではないかと思いましたけど、冗談の域をでませんねぇ。

ポリオの不活化ワクチンが導入されましたけど、これまで何人がポリオになったか。ならなかったとしてもリスクを負わされたか。責任の質量としては十人位が切腹しても釣り合わない位だと思います。

というよりなにより、率直に言って今まで承認されなかった、個々や組織の愚鈍さが腹立たしいです。

遅れた理由については、やはり金銭的な事情が言われていて、マスコミにはそういった裏側を掘り起こして、再発を防ぐ提言までするところまで持っていってもらいたいと思います。

インターネットでソニーについて話している掲示板がありましたけど、やはりインターネットの変化についていけずに、自前の方式に固執してしまったと、それが敗因ではないかと話していました。パソコンの定義が変化している限り日本のメーカーは大変だろう、というジョブズの言葉もあるみたいです。

戦前の大艦巨砲主義と現在の原子力ムラについての共通点もいわれています。金銭的だったり、体面・思考等を含めてこれも著しく柔軟性を欠いてしまった例で、こういった弊害が医療の面ではこの生ワクチンの問題に現れている、という視点が大切だろうと思います。

そして明治以来の歩みを反省して、根本的な生き方の変革をしない限り、色々な分野でこのようなことが起り続けるだろう、と確信を持って容易に予測できるのではないかと思います。

4月18日のNHKの九時代ニュースをはじめ、陸前高田の一本松を希望と捉えた報道がありますけど、やはり一番はあそこに本来、松は生えないんだ、という教訓を引き出すことだと思います。そういう論点を踏まえた上で、松の周辺を描き出してほしいなと思いました。

今年も茶摘の季節になりましたけど、去年言いましたけど、SPEEDIの情報があれば上から袋をかけるくらいで防げたはずで、責任の所在を明らかにするべきですし、そういう追及する声をマスコミは上げるべきだと思います。SPEEDIを公開しなかったマイナスの中では、まだ罪の浅いほうなのかもしれませんが、人が飲むものでもありますからね。

そしてその役割を主導するのは司法でしょう。ここがサボっているのがすべての元凶ともいえると思います。

4月24日の報ステではコメンテーターの人が、大阪市が申し入れた8提案をハードルが高いとして、政局的なものだとしていましたが、この8提案は飯田哲也さんが中心になって作成したもので、政局的なものである、という事はありえないと思います。

橋下さんの他の政策と絡めて、この妥当な要求までも、ネガティブな方向に持っていこうという力が働いているのではないかと思います。

日本は今まで色々な分野で色々な運動がありましたけど、かなり妥当なものでも、共産主義の文脈と絡めることで、その警告を無視してきたということがあります。
今回も無理矢理「文脈」を持ち込んで、要求の内容そのものを無視してしまおうという意志が色々な所で働いているのではないかと思います。

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