「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」書評の書評

#その他芸術、アート

とべさるでは上野千鶴子さんの特定機密保護法についての記事から、アメリカに公開する制度が及んでいない、というお話。

中で官房機密費を民主党は自民党時代のものを公開しなかったし、自民党も民主党時代のものを公開していない、とありましたけど、これも重大な裏切りです。

結局民主党が「第二自民党」であったということが、こういった所からも論証できると思います。仲間にとって都合の悪いことはやりませんからね。

自民党に入れなかった政経塾系の人が民主党に行っていた、というのは、「原発ホワイトアウト」のみならず色々なところで言われていますが、彼らの嘘が重いのは当然として、ここでは鳩山や菅直人の嘘が追及されるべきでしょう。政権交代で国民が期待した最低限の仕事すら最初から放棄してしまっているのです。

続いてのとべさるはパックンとスポーツ談義。日本では中途半端にやることが許されない、アメリカではそうではなく、生涯スポーツと関わっている。日本では途中でやっていても捨ててしまうというお話。

「なんでも道にしちゃうからね」と吉田照美さんが良くある解釈で切り返していましたけど、日本はかつて武芸十八般といわれていて、多種目をこなすのが標準だったんですよね。

それにアメリカでは、一回やったぐらいのことでも、できるわ、とかって言ったりするんですよね。

日本にも「楽しむものにしかず」という伝統があるのですが、もし、逆に中途半端な人ばかりで弊害が出てきたら、この言葉を引いて批判されていたのではないかと思います。結局は結果があって、それに古い言説から「証拠」をもってきて辻褄を合わせているだけなのです。

伝統ではなく結局は高野連的な縦割りに始まり、現代の環境が悪いのだと思います。

一方裏の荒川強啓さんのラジオでは、無駄に高い上に、無人島にも造る防潮堤について。これも本当に酷いのですが、報ステの特集の中で取り上げられるくらいでそれをみていない人は日常で目にすることのない問題であるといえるでしょう。

ニュースエブリィでは、候補者の映像を一通り流した後、景気回復の流れを止めないような都知事が必要だ、という安倍の言葉をひいて、ほぼ唯一の視点として披露。

ネットでは、猪瀬を推した自民党の責任はどうなるんだ、といわれていますが、この当たり前の話を言う番組はみかけません。

山本太郎さんですとか、全員に同じだけ時間を割くべきだ、とおっしゃっていますけど、やはり変な宗教系の人や、目立つのが目的の人もいるので、そういう人に廉価で電波を占有させてしまうのはまずいと思うんですよね。テレビ局が「見識」で絞り込むのが妥当といえるでしょう。

「サザエとカツオが波平父さんに「さようなら」永井一郎さん告別式に600人」(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140204-00000014-sph-ent)は国民的な追悼になっている感じ。

今日のモーニングバードではたまちゃんが真っ白な以外はみんな黒系の服を着ていましたが、いうともなしに、心の奥には永井さん追悼の気持ちがあったのではないでしょうか。

みんなで祭り上げる大きなスター、というよりは、一人一人の潜在意識に住んでいるタイプのスターだったといえるでしょう。

10年くらい前は、最近は雷親父がいなくなった、とよく言われていましたが、最近では言われることすらありません。そういった昔の雷親父を柔らかい形で現代にまで伝えていたのが波平さんだったといえるでしょう。

サザエさんは、奥さんの舟さんから、伊佐坂難物先生をはじめ、周囲の人たちも、教養が幅広く、人間的に基本ができているような人ばかりで、今後の日本社会・教育の方向性を考える上でも、広く知られた貴重なタイムカプセルだったのかなという気もします。その中心にいたのが波平でしょう。

テレビでも追悼の様子は良く流していて波平役以外は、猪熊滋悟郎役を筆頭に、ガンダムのナレーション役などが流されていますが、私は乱馬1/2が好きなので、ハッピー役が印象深いですね。

その猪熊滋悟郎先生は、スピリッツの人生相談が面白かったのでその時に少し調べました。そのカリスマの源泉というか、強さを語らしめるのはかつての全日本柔道選手権大会の連覇記録ですが、ちょうど時期的に、木村政彦が連覇をしていた時期と重なるんですよね。

ぐぐるとモデルは猪熊功であると真っ先に出てきますが、どうも木村の伝説がキャラクターに大きく影響しているのではないかと思います。

その木村については最近話題作が出て「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか [著]増田俊也[評者]大澤真幸(社会学者)」(http://book.asahi.com/ebook/master/2014013000004.html)はその大作(読んでいませんが)の書評です。

それをかいつまんで縮めると、牛島辰熊という皇国思想を持った師匠がいたのだが、敗戦とともに彼の思想の威光が薄れ、同時に木村から思想・魂が抜けてしまい、戦後八百長プロレスを始め、力道山に敗れるに至ったのではないか、という内容。

なるほどと納得できる辻褄です。「わが柔道―グレイシー柔術を倒した男」((学研M文庫) 木村 政彦 (著))にも、木村に決定的な影響を与えたはずの牛島がそこまでは出てこないんですよね。今ざっと見返したんですけど、特に戦後は名前が出てきません。このようなすれ違いがあったのだとしたら、それにも納得できます。

木村にはあくまで教えられる立場である学生の、ある意味ひ弱な雰囲気が抜けないなと思って観ていたのですが、やっぱりそうだったんだなと感じます。

戦前の天皇主義を作り出した人間たちと、それを受け入れて、考える力がなく、馬鹿な開戦・作戦で日本を壊滅させた、軍部の姿と、歴史的に重なる部分もあります。

ここに書かれていませんが、牛島辰熊は体罰を木村に課していたことで有名です。非常に苛烈だった反面、現代の多くのケースよりは愛情があるといえるのかもしれませんが。

日本のスポーツのスパルタ教育史上最も成功したかにみえる木村政彦のケースでも結局は真の自主性・考える力。そして武道精神は身に付けさせることができなかった、ということが教訓なのだと思います。

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