出光美術館 古筆手鑑 ―国宝『見努世友』と『藻塩草』 その13

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受験シーズンということで、新聞には塾の広告が。東進ハイスクールは一番有名な林先生を真ん中に講師陣のメッセージを載せていますが、そのメッセージは「ゴールから逆算せよ! 悪しき完璧主義を捨てて やるべき順番を慎重に策定せよ。」というもの。これは受験生にとって本当に大切なことなのだろうと思いますが、かつて益川敏英教授が問題にしていた、最近の子はわからない問題は飛ばしてしまう、そう教えられている、という指摘と関わってくる部分ともいえるでしょう。

原発では安全について学者たちは、事故を考えると何もできないから考えなかった、といわれています。これは問題を飛ばす、という行為そのものです。

「昔「満州」、いま「原発」「日本の生命線」なんてウソばかり 日本人よ、歴史に学ぼう 保阪正康×磯田道史」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38461)にも、戦争の終わらせかたも決めず、適当な計画に基づいて開戦してしまった、ということが書かれていますが、これも問題を飛ばしてしまった、ということでしょう。

これに学ばない国は本当にどこまでも愚かといえるでしょう。また、益川さんが本来問題にしているような、理系を含めた独創性との関連も見逃せません。これは今後高付加価値を求めて国を立てていかなければいけない日本にとって死活問題です。

とはいえ、塾講師の立場ではこれは受験生に対して最善のアドバイスをしているのだということになるでしょう。塾講師が「完璧主義を捨てろ」言わずに済むような教育システム、ひいては社会システムの改革が急務であるといえます。

大竹さんのラジオでは朝日新聞のプロメテウスの罠を書いている青木美希さんが出演。非常に風通しの良い社風である、他社はライバルではなく、真実を追求することが一番であるとのこと。

プロメテは確かに良い部分はあるんですけど、今までいくらか書いてきたとおり

東京国立博物館 平常展 ミュージアムシアター 三蔵法師の十一面観音 -インドから唐、そして法隆寺、興福寺、薬師寺へ- その4
棋聖戦の第二局は中盤の8四銀が羽生流炸裂といって良いでしょう。他の人がやると引っ掛けっぽいんですが、羽生さんがやると柔軟で自然な手に見えます。この局は最期まで熱戦で、素晴らしかったみたいですね。解説を追いながらみて行くと、結局6三銀の時...

、疑問に思う部分が多いです。新聞全体となるとさらに疑問だらけと言えます。この記事の一部が、一応報じたよ、といった免罪符に使われているような状況もあります。

随分社内環境を理想的に語っていましたが、テレビ・他社批判をはじめ、自主規制が働いているのか、報じない部分が多いのは事実といえるでしょう。飲み会や旅行の検証も当然ありません。扱いが小さかったといわれる過去の事故の記事の検証と広告費の関連もやりません。デモをなぜ伝えなかったのか(いまだに伝えない)という検証も再発防止策もありません。

その記者たちが取材を紙面で語った「蓄積10年 原発利権追う」(http://www.asahi.com/special/news/articles/TKY201310160340.html)は朝日新聞の膨大な取材の蓄積が原発取材に役に立った、という話ですが、別にそのようなものが無くとも、デモがあれば伝える。今度原子力委員長になる人間はどのような人間なのか、といったこと。
東電の破綻処理という選択岐を示し、東電病院はごまかしではないのか、といったことを普通に伝えればよいのです。

廃炉費用・中間貯蔵施設の費用・を省令一本で電気料金に組み入れたことも、最重要なのに国民には伝えられません。除染や賠償が電力料金に上乗せされていることをどれだけの国民が知っているでしょうか。

原発は電気料金が高いという研究が昔からあるにも関わらず、事故後に至るまで無視してきたのではないか。安全性についても取材をすることが無く、虜になっていたのではないか。

電力需給に火力による貿易赤字など、(原子力ムラである)経産省の言い分をそのまま書いてこなかったか。

特集中、なぜメルトダウンを伝えずspeediを伝えなかったのかというような振り返りもなし。このことを考え抜いて、再発防止策を確定してからすべてが始まるのではないか。その一番重要な観点が抜けているのは、やはりカルト臭いと言わざるをえない。

そういった基本的なことを全くせずに、このようないかにも独自の重厚な積み重ねで初めて成果が出た、というようなことを記事にすることが、まさに張りぼてというのではないか。原子力複合体の共通点と言えます。

「違法でない でもおかしい」(http://www.asahi.com/special/news/articles/TKY201310160337.html)では、「「違法」ではない問題は先送りしがちだ」といった中で、不正というものに対する報道の感度が鈍っている、もしくは取り上げにくい、という状況があるのでしょう。

それは事なかれ主義というのが大きいのでしょうが、他には、法律以外の価値基準、倫理が衰えきっているというのがあるでしょう。「(リレーおぴにおん)私の悪人論:2 法だけでなく、良心に反する 田中森一さん」(http://www.asahi.com/articles/TKY201310210689.html)は「本当の悪人は。法に反すると同時に、自分の良心に反する」という言葉で始まる、論語を判断基準に職業人として責務を果たしてきた検事のインタヴュー。やはり社会と悪というようなことを考え抜くと、そのようなところにたどり着かざるを得ないのだと思います。

しかし、舛添の問題にしても報じられませんし、死の町発言の報道など、違法ではないのに取り上げられ方が異例でした。違法か適法かという部分からくる報道の歪みはあくまで巨大な歪みの一部であること書いておかなければなりません。

吉田照美さんのラジオの冒頭は東京新聞の一面の「【社会】3万2000人「忘れるな」 国会周辺デモ」について。

対して朝日新聞は後ろから3ページ目にちらっと載せていて、べた記事といって良いでしょう。

テレビでは私は観ません。まったく何も震災から学ばず、厚顔な体質を存続させているのではないか。

佐村河内事件。また、どうでもよい北朝鮮関連ニュースの方が報道時間は(掛け算ができるかどうかもわかりませんが)何百倍も多い状態であるといえます。

今日はもう少しで震災から3年が経つというので、スーパーJチャンネルをはじめ被災地に飛んでいましたが、極めて皮相で、形だけを取り繕うメディアの姿がみえてきます。

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