東京国立博物館 特別展「みちのくの仏像」

#その他芸術、アート

行って参りました。

この前後はギリシア神話の本を読んでいたので、何か全然違う異界に紛れ込んだようで、新鮮。

まずおなじみの如来を頂点として菩薩、明王、天(加えて神)の順で下位に置いたヒエラルキーの図が貼ってありましたが、これが驚き。

ギリシア神話では異常な能力を持つ人間離れした神が最上位で、次いで神の血を半分受け継いだ英雄、最下層に人間となっています。

このヒエラルキーの図は真逆で(とりあえず)人間である如来が一番上で、下に行くにつれて人間離れしていきます。

(ギリシア神話でも親しまれているオリュンポスの神々は人間的ですけど、異形でも同等の力を持つ神は他にもいますからね)

仏教では無駄な煩悩が本来持っている仏性を隠してしまっていると教えます。そういうものをはねのけた如来は人間の中でも最も人間らしい人間ともいえるでしょう。つまり人間的であるほど上位に来るといえます。

高い瞑想性を持つほど上というか、極まっていくような静寂さに仏教文化の個性を感じました。

振り返ってギリシア神話では超絶能力を持つ神が相争っていますが、ギリシア神話の原型はオリエントのものらしく、その角逐の激しさを表現したものなのでしょう。だから超強力な力ほど崇拝に足るというか、そういう文化の違いなのでしょうね。

Godを「神」と訳したのは誤訳で「如来」とするべきだった、というのはよく聞きますが、訳者は猛々しいパワーがあるかないか(もしくは使役するかしないか)を重視したといえるでしょう。

日本の神話も大陸の影響が大きいですけど、ギリシア神話がこれほど中東から強い影響を受けていたというのは知らなかったですね。社会でもあんまりいいませんよね。

「聖観音菩薩立像 1軀 平安時代・11世紀 岩手・天台寺」は、以前の仏像展にもたくさん出品されたノミ跡がたくさんついているタイプの仏像。

顔であるとか背面はなめらかで完成させた後にわざと鑿跡をつけているとのこと。

ノミ音に功徳があるとされたので、それを表しているのではないかという解説。あんまり聞いたことが無いのですけど、今回の新研究なんですかね?

だとしたら、まさに彫刻に表わされた音楽で、清らかなリズムを感じさせるのは間違いありません。

耳は渦巻き状の形をしており、指のみずかきはありません。

「如来立像 1軀 平安時代・11世紀 岩手・天台寺」は行基建立と伝わる古刹中の古刹の仏像。徳一はともかく、行基・円仁は東北にこれだけお寺を建てているんですね。

一度このお寺は十和田山の大噴火で壊滅したとのこと。

現代人は実質、東日本大震災が来るまで津波というものを映像で知らなかったんだと思うんですよね。そういう視点から言うと、まだ本当の噴火による災害は知られているとは言えません。

一度知れば何とか対策はできますが(今回の地震で地震そのものの被害がほとんどなかったのは阪神淡路大震災を皆が『知っていた』からでしょう)知らないと被害は甚大です。そういう意味でも噴火は本当に気を付けるべき災害といえるでしょう。

あれっ、十和田湖ってそんなにできたばっかりなの?と思って調べてみたら違う火口から噴火したみたいで、湖には溶岩が流入したくらいだったみたいですね。

ここら辺は解説にある通り神像に近い作り。仏教にこだわらずなんとなく霊性の強そうな感じのものを彫ったという部分もあるのでしょう。

「千手観音菩薩立像 1軀 平安時代・10世紀 山形・吉祥院」など千手観音が多いのが東北の特徴らしく、その無限の慈悲が気風にあっていたのだろうとのこと。

「薬師如来坐像 1軀 平安時代・9世紀 宮城・双林寺」は素晴らしい重量感。額には白い宝玉(水晶?)。髪の所の肉髻珠は赤(どうもこれも水晶なのだろうと思います)。耳のたれ方も堂々として威光があります。

その脇の「二天立像(持国天・増長天) 2軀 平安時代・9世紀 宮城・双林寺」は欠損が激しいですが、肚を突き出した形が迫力満点。

会場の中央に据えられた「薬師如来坐像および両脇侍立像 3軀 平安時代・9世紀 福島・勝常寺」は一見して驚く強烈な存在感。ものすごい重量感で、潰れるような上からのプレッシャーを感じます。一転手は柔らかく優しく、実に味わい深い仏です。

東北地方の仏像で初めて国宝に指定されたらしく、さもありなんと納得です。

一転脇侍は軽やかで腰の切れた瀟洒の佇まい。同じ人が造ったんですかね?

「薬師如来坐像 1軀 平安時代・貞観4年(862) 岩手・黒石寺」も厳かで、これは今回の展覧会の特徴。チラシはそれを良く捉えていると思います。

舟形光背の飛天が良く残っているのが特徴で、どれもかわいいです。額の石は黒いんですけど、水晶なんでしょうね?

大きなものですが桂の一本造りとのこと。

日曜美術館の「みちのくの仏像 木に託した人々の祈り」によると、東北の霊木信仰と一体になっているとのこと。神道とも言えないような原始神道にも属する仏像です。

ただ、西岡常一棟梁の本を読んでいくと、後代になるにつれて寺院がそれを建てる木で苦労していたのがわかります。東北地方にはまだそれが豊富だったので、最先端の寄木造りをする必要が無かったのではないかとも思います。

番組内ではこの仏像と戦乱や阿弖流為との関係を示唆。郷土史家の方が阿弖流為がモデルじゃないかということを言ったりしているとのこと。

これはとても良い番組でしたね!

細かいことを言うと、井上ひさしさんとか、宮城・福島は東北ではないんです、といっていましたし、そうでなくても福島は東北なのか曖昧なところがありましたけど、両県ともすっかり東北になった感じはします。

造られたのは貞観地震があった貞観で、今回で2度目の超巨大地震に遭ったとのこと。今回は台座から落ちかけて危なかったのだそうです。

お寺は災害の記録でもあります。それが人々の苦しみであるのはいつの時代でも変わりません。

「日光菩薩立像・月光菩薩立像 2軀 平安時代・12世紀 岩手・黒石寺」は背後に棒があってそこから光輪の輪が出ています。

「聖観音菩薩立像 1軀 平安時代・10世紀 秋田・小沼神社」は頭頂にあるもう一つの顔が雪ん子みたいでカワイイという解説。全般的に朽ちてきている中で額の石の存在感が大きいです。むしろ石の信仰に仏教が付随しているようにすら観えます。

「伝吉祥天立像 1軀 平安時代・9世紀 岩手・成島毘沙門堂」は木目が計算されつくした、気持ちが入った像。

「訶梨帝母坐像 1軀 平安時代・12世紀 岩手・毛越寺」はこの時代には珍しい鬼子母神であるとのこと。「女神坐像 1軀 鎌倉時代・12~13世紀 青森・恵光院」と共に風俗資料的な趣があって、その生活に密着した姿は妙好人を思わせます。

「十二神将立像(丑神・寅神・卯神・酉神) 4軀 鎌倉時代・13世紀 山形・本山慈恩寺」はいきなり登場の慶派のモダンな仏像で、インパクトがあります。同館所蔵の浄瑠璃寺のものなどと同等の迫力があります。寅神の伏した虎がうかがうような表情。卯神の筋肉などどれも個性があって見事な出来です。

まさに仏像のルネッサンスです。

「十一面観音菩薩立像 1軀 鎌倉時代・14世紀 宮城・給分浜観音堂」はかなりの巨大仏。萱の一本造りですが、宮城では生えないらしく、他から持ってきたものだろうとのこと。

石巻の突端にある像で、海の側を向いているとのこと。

日本の観音菩薩はよく西洋の聖母マリアと比較されます。マリアは航海の守り神でこのように航海者の安全を祈念して海に向けて立っているのだそうで、これはそれの日本版なのかと思えば、海の向こうを浄土に見立てているとの解説。まぁ、いろいろな意味があるのかもしれませんよね?

中国の媽祖の役割は日本では観音菩薩なのでしょう。

地図をみるとほとんど海中じゃないのか、と思えるような位置にありますが、寺が高台にあったとのことで、今回の津波でも全くの無事。

実に丁寧に造られており、状態も抜群。人々に守られ人びとを守ってきたのだろうとのこと。

重心がしっかりしているのも綺麗に今日まで持った大きな理由でしょう。今回の出品作は、どれも軸を合わせてぴったりと合うのが気持ちよいところ。

最後は円空の三作。30過ぎの若作ということで、まだ普通の仏像に近い造形。確か谷川健一さんが円空傀儡子説を言っていましたけど、少なくとも円空は仏像の造り方にかなり詳しい人なんですよね。

この前の円空展は飛騨の円空でしたが、これは東北の円空。

妖しい奴だと思われたらしく、弘前城下から立ち去ってくれといわれて、ここから北海道へ修行の旅へ。

北海道は現代でも寒いのに、当時に修行のために逗留するというのは想像を絶します。

青森に仏教が伝来したのは11世紀のことらしく、そうなるともう最近のことという気すらします。

「地蔵菩薩立像 円空作 1軀 江戸時代・17世紀 青森・西福寺」はなんとなく渡辺2冠に似た像で、うっすらと湛える微笑みが優しそうです。

15センチ極薄の三作で、こうやってみてみると、やはり木の力そのものが印象的。

日曜美術館では円空仏もやるのかと思ったがやらず。他にもたくさんある地域密着型の仏像を取り上げていました。

そういう円空の兄弟ともいえる仏像たちも観て、改めて円空の個性を知ることができたように思いました。
からっとした厳しさが素晴らしいです。

ほとんどの像の感想を書いてしまいましたが、それもすべての像に祈り・個性的な造形・歴史などが色濃く宿っているからです。

素晴らしい展覧会でずっと観ていました。移動のリスクも大きい各寺の寺宝を、ありがとうございました。東北の復興を願ってやみません。合掌いたします。

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