行ってまいりました。
今年も来るんだな~と思って聴きに行こうと思っていたら、去年とまったく同じ曲目であるのに気が付いたのがリサイタル数日前。
どういう意図なんでしょうか?会場の説明にもプログラムにも特に言及されていなかったみたいですね。
1 得意曲目だから
2 違う表現を掘り下げたかった
3 他の曲を仕上げるのが間に合わなかった
いや、3はあり得ないので2くらいなんでしょうね。
コンサートホールに必ず置いてあるチラシでは所沢にして、海外のオーケストラの公演がわんさか。しかし円安で購買力が落ちてくるとこうはいかないでしょう。もしかしたらこれだけいろんなオーケストラを楽しめるのは今くらいまでなのかな、と危機感を感じたりもしました。
今回は真っ白なドレスで登場。終演後は女性ファンからも、細い!かわいい!美人!綺麗!と悲鳴が上がっていました。
正直言ってむさくるしい男性ファンも多く、当日券を買った時に正面にいた髪がぼさぼさのかなり太った男性のふけがものすごいのには衝撃を禁じえませんでした。
書いていて、48Gの方々の身の上が気になって仕方がありません。
最初の
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 《テンペスト》 作品31の2
は前回来日時、わたしに続いて宇野功芳先生もハイドシェック越えを認定した、ものすごく高い完成度の曲目。
まさに奔馬のような演奏で素晴らしい力動感です。堰を切った水が暴れるよう。
コンクールが主戦場の人じゃないですけど、それに主に取り組んでいたらこういう個性が残っただろうか、と考えさせられました。ブーニンとかもいますし、奔放なタイプが出ないとは限りませんけど、自主規制も含めて難しい気もしますね。
前回演奏より微妙にデフォルメというと言いすぎですけど、曲想の強調が入っている感じはします。
第一楽章中間部の遅い部分では演奏が止まらんばかり。その静寂の中で空を見上げる姿は、深淵より希望を求めるベートーヴェンその人のようです。
前回は低音が微妙に弱かった気がするのですが、今回はしっかり鳴っていたと思います。いくら超絶技巧の持ち主とはいえ、女性の細腕ではなかなか大変な所でしょう。
それもあって音のドラマがとても素晴らしかったです。
そしてすべての音に意味が込められているのはさすが超一流です。今回も抜群の「テンペスト」の出来だったと思います!
バッハ:幻想曲とフーガ イ短調 BWV944
も非常にアグレッシヴな演奏。しかし(リヒターのバッハにそういう傾向があるように)ロマン派的という感じではなく、古典的な造形のままジェットエンジンが付いたような様相。
バッハらしい短音で埋め尽くされた曲想で、ロックな津軽三味線のような、充実した楽しいリズムがあります。
無窮の拍動が本当に楽しく、素晴らしい演奏です。
根源的なパッションがあり、本物の表現だなと、スポンジに水が染み込むように癒されます。
バッハ(ブゾーニ編):シャコンヌ
は同じバッハでも山あり谷ありな構成。たぶんブゾーニの編曲が華麗なのでしょう。
ゆったりした表現から優雅な表現、清明な静かさ、堂々とした力強さ、嵐のような快速、と、あらゆる表情が揃った曲。
静かなパッセージでは妖精が薄明に降りてきて水面を弾いて戯れるよう。
特に後半は「キエフの大門」に匹敵する壮麗な音楽が続き、超絶技巧の怒涛の嵐に突入!腰を浮かせての最強音が連続します。
真にデモーニッシュで、良質の表現が身体に染み込むようです。
人間的な表情に収まらないというか、バッハらしい抽象的な感興を起こさせます。
休憩を挟んで
リスト:愛の夢 第2番 ホ長調、第3番 変イ短調
の2番は本コンサートの緩徐楽章的な作品。
ゆったりした中に夢見心地な、遥かな憧れのようなものを感じさせる演奏で、馥郁たる薫りがあります。
アリスさんはいつも通り裸足で、座り方も横に広くペタンとした感じのリラックスしたもの。
そういう靴のような外的な鎧と適合しない女性の体の柔らかさのようなものが込められた演奏だと感じました。
一方で3番は力動感にあふれた曲想。圧倒的な演奏でとても素晴らしかったのですが、旋律そのものはあまり印象に残らないので、曲の力そのものはあんまり強くないのかもしれません。
会場は濃密な前半が終わり、休憩を挟んで集中が切れたのか雑音ばかり。着信音、物を落とす、咳払いが何度も聞かれ、今までコンサートに行った中で一番ひどかったかも。レオンハルトの事件が有名ですけど、こういうのは今でも頻繁にあるんでしょうね。
一方のアリスさんは演奏直前の着信音を気にするようなしぐさを見せるも、動揺せず悠然としたもの。
まさに衆人環視の中ですし、コンサートというのは精神力が試される場だな、と感じました。こういうのを負担に感じる人は、グレン・グールドみたいに自然にスタジオに籠っちゃうだろうなぁ。
リスト:パガニーニ大練習曲
は機械仕掛けの超技巧に透明な迫力が乗った演奏。音楽性だけで勝負してもちろんよいんですけど、リストぐらいの難しさが無いとテクニックを持て余してしまう感じです。
看板曲のラ・カンパネラを含む組曲で、これを最後に置くのが習わしです。
テンポはいつもより引き摺り気味だったり、微妙に揺れる感じか。
鐘がランダムに響くような、不規則な有機性に現代的な美しさがあります。
アンコールの
ショパン:24の前奏曲より第15番「雨だれ」
は贅肉をそぎ落とした、突き詰めた演奏。
アリスさんはショパンで有名になりましたけど、いわゆるショパン弾きではないと思うんですよね。
ショパンの詩情に浸るというよりは、真っ向唐竹割のような表現が持ち味。
パッションは強いんですけど、情緒というよりは気合という感じなんですよね。そういう所も非常に私の好みと合う感じ。
楽譜の拍を超えた、雨だれを再現したような自然な表現が清新。良い意味で古典的な演奏をはみ出していますし、伝統をよく読み込むとそういう演奏の型に捕らわれるなというメッセージが常に存在するものでもあります。
とても清冽な音楽で、潔さを感じます。
もう一曲のアンコールである
グリーグ:抒情小曲集第10巻より「小妖精(パック)」
をベートーヴェン的な力強さでごろごろ弾き切り終演。
拍手がすごいですが、それに応えるアリスさんのお辞儀も実に綺麗です。
ロックな感じというか、繊細にして力強く、実に愉しい演奏会です。これを聴きにいかないのはもったいない!!!
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