(東日本大震災5年)私たちは変わったのか:1 記憶と忘却 その1

#その他文化活動

http://www.asahi.com/articles/DA3S12246078.html)の田中優子さんの文章は

震災によって、これまでの日本の発展が原子力発電に支えられていたことや、「平和利用」だからとその危険性をしっかり考えてこなかったことがあらわになりました。日本経済の繁栄の背後と、豊かな暮らしの土台には原発があった。このことを、次の世代の人たちには特に、記憶にとどめていってほしいとの思いがあります。

とのことですが、原発が発展を下支えしたというストーリーは原発が高い発電方法であることが研究で明らかになっていることが知れ渡り、大手メディアにしてもその多くが事故の初期に放棄した(かもしくは繰り返さないので自然減衰した見方のようにみえる)見方です。

それは基礎知識であって、田中優子さんにしてこのような文章を書くとは情けない。

今思ったんですけどコモンズ論(グローバル・コモンズの悲劇)に持っていくために「原発」を「経済発展を目指す精神の象徴」(文明)と位置付け破壊する必要があったのかなと思いました。

それは田中さんの世代の研究者が江戸時代をコモンズ論的社会のモデルのように考えているからでしょう。

近年、江戸時代とは停滞という言葉ではくくれない発展した時代だったことが明らかになっており、かつての江戸像に縛られがちな上の世代の研究者の限界なのかなとも思いました。

そして江戸時代は文明を放棄する生き方ではなく、文明の中に智慧を根付かせる教訓をもたらす時代であると私は信じているのです。

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