東京国立博物館 特別展「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」 前期

美術

行って参りました。

大報恩寺がどのようなお寺かというと、洛中の木造建築物として一番古いお寺とのこと。

廃仏毀釈で周辺のお寺から寺宝が集まってきた感じでもあるらしい。

天台宗の法華経を大切にするお寺で壁画にはかつては鮮やかに法華経世界が描かれていたらしい。それの前に今回の十大弟子と釈迦如来の像が置かれて立体曼荼羅を構成していたとのこと。
結構立体曼荼羅って多いんですね。仏教世界を再現したいという思いは時代時代でいろいろな表現を生んだということでしょう。

最初はお寺に伝わる文書から。権力関係としては足利義持と縁が深いらしい。

「千手観音菩薩立像 1? 平安時代・10世紀 京都・大報恩寺」は模範的ともいえる安定した美しさ。
柔らかく握られた持ち物の一つ一つに感動があります。

暴悪大笑面はないタイプなんですね。ほかの作品にもなかったように思いますから、寺の個性なのか。

「傅大士坐像および二童子立像」の傅大士は輪蔵を作った中国人とのこと。マニ車のようなものですね。調べるとどうも輪蔵の方が経典の保管場所としての意味が強いとのこと。

「大弟子立像 快慶作 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺」が今回のメインの一つ。

静かな生動感とでもいうべきリアルさがやはり素晴らしい。ちょっとした肘の感じですとか背中の微妙な凹凸がなかなかほかの仏像にはないものだと思います。血管まで再現するような写実性には一足早いルネサンスとしての同時代性を感じさせます。
立った姿が綺麗なのも快慶仏の特徴です。

中央に鎮座する「釈迦如来坐像 行快作 1? 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺」だけがなぜか快慶作ではないのが謎らしく、全部彫ったはずのちょっと後に再び行快に注文が行っているので、何かしらの理由で快慶作の釈迦如来座像が失われたのではないかとのこと。

美術的には柔らかく彫り込まれた蓮の葉一枚一枚が印象的です。
金箔の残りが非常に良くて、東南アジアの仏様っぽい感じもします。

「阿難陀像像内納入文書」は血で書かれた願文があったりして、込められている念が凄いです。

その中には「聖徳太子未来記等 1巻 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺」がありましたが解説はほぼされず。こういった回顧展では未来日記系はほぼタヴーでまともに取り上げられているのを観たことがありませんね。しなくても良いですが。

前半の展示との対比で言えば、普通の文書は虫食いが結構多いのに納入文書はあんまり虫に食われたのは見たことが無いですね。

「六観音菩薩像 肥後定慶作 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺」は運慶の後継者による作品。
いわゆる六道の一つ一つに救ってくれる菩薩が設定されていて、それを彫ったものです。
もちろん説話なのですが、六道は普通に生活している人たちのその時々の状態や境地とも照応されるものでしょう。そういう目線でじっくりと観音菩薩たちを眺めていると学ぶことが非常に多いと思います。

たとえば天部を司る「如意輪観音菩薩坐像 肥後定慶作 1? 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺」は自由自在でゆったりしているな、とか。

儒教風に言えば「心の欲する所に従えども矩を踰えず」いったところか。しかしこちらは仏教より社会が意識され基準になっている感じで、多少ニュアンスが違いますね。

「准胝観音菩薩立像 肥後定慶作 1? 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺」の静けさは実に美しい。

人間道から救われるにはのあの手この手の対処が必要なのだな、と言った感じか。

修羅道の「千手観音菩薩立像 肥後定慶作 1? 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺」は様々な表情をもって救います。

畜生道から抜け出すには「馬頭観音菩薩立像 肥後定慶作 1? 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺」のような気合が必要なのだなとか。
しかしこの馬頭観音はつぶらな瞳で怒りというより大悲を秘めているようだ。柔和相の分類なのかな?

餓鬼道では飢えを癒すように様々な手を尽くす「千手観音菩薩立像 肥後定慶作 1? 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺」。

地獄道の「聖観音菩薩立像 肥後定慶作 1? 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺」もはや全てを照らすように構えるだけだろうか。

堂々としていて丁寧に彫られどれも素晴らしい仏像。

光背が細密にして華麗であるとともに、イギリスのアンティーク家具のように重厚なのも特徴だ。

いい機会なので快慶仏と念入りに見比べましたが、衣とかちょっとした肉付きとか、厳しく言えば多少様式化されているといえるのか。
快慶は衣文も一本一本に個性がありますが、こちらは等間隔で同じように引かれているところもありましたね。
しかし、実在と思われる人物を彫ったものと仏を彫ったものの違いもあるかもしれません。

同時代に彫られたという「地蔵菩薩立像 1? 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺」も錫杖が欠けているのが惜しいですが、地蔵菩薩らしい渋みのある堂々とした像。

宝のような仏像が凝縮された素晴らしい展覧会でした。本当に輸送の労力は並大抵ではないと思います。ありがとうございました。

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