宮城敬雄vs宇野功芳 東京フィルハーモニー管弦楽団in東京文化会館

#その他人文科学

さぁやってきました信者の祭典です・・・って初めて宇野先生のコンサートに来た方、ということで手を上げてもらっていましたが、とても多いんですねぇ、というわけで半分位の信者と何も知らない犠牲者一般の方々を前にコンサートは始まったのでした。

まずは宮城さんの英雄ですが、この人は結構厚い表現をされるようですね。

それも宇野先生が柔らかい厚みだとしたら、宮城さんはドイツ風?のやや硬質の厚みで、それで淡々とやっていって、盛り上げる所で一気に盛り上げるというのが戦法のようです。一楽章はそんな感じでした。

葬送行進曲はやたらとレガートが多い様に感じました。

この楽章は朴訥とやるかどっちですよね。

でもやっぱり基本的に厚いので、儚くも美しいピアニッシュモ、とかそういう系統の音は来ませんでした。ただ滑らかな美しさはありましたねぇ。

この楽章も強音の所は畳み掛けます。

スケルツォは多分白眉だったのではないでしょうか。

速度が速くて曲の真価を発揮してたと思います。

そもそもベートーヴェンをやる時は、ジンマンの速度を基準にそれより速くするか遅くするか考えるべきだ(突っ込みは受け付けません(笑))と主張する僕にとっては、これでやっと丁度良いかな、といった所です。

迫力もあったんですが、何時も宇野先生の爆裂ティンパニを聞いているとどうもこじんまりと纏っている様な気がして、そこは宇野先生の存在の偉大さの影響の煽り受けて損をしているのかもしれません(半分冗談)

第四楽章は「誰が振っても変わらない(by宇野功芳)」という通り余り印象に残っていません、唯最後は例の如く盛り上げましたが、弦が主体の強奏なので結局は品が有りました。

アンコールはフィガロの序曲なんですが・・・僕は魔笛の序曲の方が十倍も好きなんですが、どうも演奏される機会がフィガロより圧倒的に少ないですよねぇ、不思議ですねぇ。

ここもやっぱり骨太の演奏で、厳しく言えばモーツァルトにはなっていなかったし、面白味も特に無かったと思います。

休憩を挟んで次は長いトークだったんですが、その中で実際に振りながら解説したりしたんですが、その中途に次に振る指揮者の個性を了解された方も多かったように感じました(笑)

それにしてもこういうトークは色々聴けてお得だし、面白いので是非これだけで3時間やって、クナッパーツブッシュからムラヴィンスキーまで遊びで再現して欲しいものです。

こういうのがあったら、誰が演るにしても行きますよ(笑)真面目に提案致します。

次は宇野先生のフィガロですが・・・お、遅い。

前回のイドメネオの様なテンポ設定を期待したんですが、前にサクラ管とやった時より輪をかけて遅いです。

なにか途中でオーボエの音が浮き上がって聞こえてきたりしたんですが、フィガロにこんな所は断じて無いと思いました(笑)

トークで激遅の「納豆のような(by朝岡聡)」第九の触りを披露したので、その時のお客の反応から期待に応えなければならない、と思ったのではないかとも思いましたが、やっぱり自然にこういう人なんでしょうねぇ。

しかし、何か厚くて立派で情緒が有るので、長ったらしいのに聴けてしまいます。

宇野先生は、最早何をやっても許される巨匠の域に入られたのだと思います(半分冗談)

運命は・・・更に輪をかけて遅いです。

前回の英雄が良かった、と自分で言うのですからその成功体験を踏まえてまた速めの速度でやるのではないかとも思ったのですが、宇野先生はそんなものに捕われるお方では有りません。

織田信長は桶狭間の合戦で一か八かの奇襲で勝利を収めましたが、他の武将が自らの成功体験を再びなぞって行動して失敗してしまうのに対して、信長は二度と桶狭間の様な奇襲攻撃をすることは有りませんでした。

このことからも、宇野先生は信長に肩を並べ、更にそれすらも超える境地に到達されているのだと思います。

宇野先生の運命は地下のマーケットで高額で取引されていることで有名で、今回もプロ桶でその個性を開花させました。

方針は一貫していて、厚い音で粘っていざというときは爆裂ティンパニというやつで、一楽章と四楽章は特にそんな感じでした。

一番の白眉は第三楽章で、あの激遅の中の深沈として優美な趣は絶対に他の指揮者では聴けません。

しかし、今回の宇野先生は飛んだり跳ねたり見たことが無い位元氣で少しびっくりしました。

文化会館へ行く途中の電車の中では、著名な仏教者であった秋月龍眠先生が齢70を超えられた頃に書かれた本を読んでいたんですが、体力が無くなって来ている、ということでもうどれだけ生きられるか分からないと書いてあったんですが、龍眠先生は現にその6年後位に死んでしまわれました。

それを考えると驚異的な体力で、流石は宇野先生である、と感嘆いたしました。

演奏に戻って「運命は凝縮されすぎ(by宇野功芳)」とは言いますが、宇野先生の声楽並に開放的な弦の歌い方でそういった要素が緩和されている感じで、フルトヴェングラーやカルロス・クライバーが凝縮力を武器に名演を成し遂げているのに対して対極を行っています。

しかも実は色々やっているようですけど、音自体は堂々としてけれん味が無いんですよね、根本的に普通の音だけでも聴かせる指揮者である訳です。

個性も堪能できた上にベートーヴェンまで堪能できた名演でした、次は何を演ってくれるんでしょうねぇ、またプロ桶も振って頂きたいですね、可能ならブルックナーが良いかなぁ。

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