券を貰ったので行って参りました。いや、全く知らない人なんですが(^_^;)
最初の方に書があったんですが、当然の如くとても上手いです。中に万葉仮名を使って書いた物があったんですが、全部通して観た後に思った感想としては、この人は万葉人的な所を多分に持った人だったのかも知れません。
富豪の夫に絶縁状を叩き付けて恋人と出奔するのですが、所謂「新しい女」が奔放に生きた(それも悪くないですが)、というより、寧ろ古典的な重々しさを感じるんですよね。自分を見つめた上で、そうせざるをえなかった、という感じです。
大阪朝日新聞に絶縁状を投稿したらしいことも、最初はびっくりしましたが、額田王なんかはとり方によってはスキャンダラスな歌を公衆の面前で歌っていた、といいますので、こういう文脈で捉えれば理解しやすいのかもしれません。
こういうことを堂々と話すのも、自立というか、情熱的な女性の自然な姿なのでしょうね。
古典が好きな女の人には、かわいらしい人が多いような気がします(何
一番凄かったのは1920年5月30日付の宮崎龍介に宛てた手紙で、これは傑作だと思います。気恥ずかしいので引用しませんけど、魂をなんとかといって愛を吐露した上で、早くも浮気はするなと警告し、最後は喧嘩腰になって覚悟を問う内容で、形にならない魂がそのまま書き付けてあるような感じと、しっかりした印象を同時に受けました(笑)
昔、同時代の谷川徹三の恋文を集めたものを読んだりしていたんですが、これも悪くないんですけど、人生の激しさの差が文面に表れています。
私の印象では、この手紙だけで白蓮の名前は不滅のような気がします。
写真があったんですが、白蓮の横に居た柳原徳子さんが美人で、売店のプロマイドでも寧ろ徳子さんのが欲しいと思いましたが、良く見るとやはり、白蓮の方が内面的な顔をしているので思い直しました(笑)
夫の宮崎龍介は宮崎滔天の息子だそうで、中国の物が充実していました。
この展覧会で一番一般的に価値が高そうな出し物は、孫文の書と魯迅の書だったんですが、お客の女性の方々は余り見向きをしなくて、そこだけがらんとしていました(^_^;)
女性にとって、女性の生き方に影響を与えた白蓮に特別な価値があるのは当然のことで、泉下の魯迅&孫文もたじたじだったと思います(笑)
白蓮の後半生の写真は、特に息子を亡くす前のものは、どれも見るからに幸せそうで、前半生の写真との差にぐっと来ます。貧窮の中の笑顔に、「逆シンデレラ」という新聞の評はぴったりだと思います。
「そこひなき闇にかがやく星のごとわれの命をわがうちにみつ」という辞世の句に人生が収斂するのがすごい所です。みつ、行動したのが全てだったと思います。それが晩年目が見えなくなって、いよいよあかあかとみえたのではないでしょうか。
そういえば先週の情熱大陸で「王様であろうと、農民であろうと、自己の家庭で平和を見出すものがいちばん幸福な人間である 」というゲーテの言葉が出てきました。ゲーテは、それ、例外も多いでしょ、という様な格言が多いと思っているんですが、この言葉は良いですね。白蓮と龍介にぴったりだと思います。
私も(機会があったら)倣いたいものです(ぉ
コメント