「アラウはバックハウスの後継者」は宇野先生の名言で、深みのある芸という事では全くその通りなのですが、やはり違う人間、個性の違いも感じます。
バックハウスが完成されているのに対して、アラウはちょっと、なよっとした揺れがあるような気がします。ブラームスの様な感傷的な所が感じられ、泣かせられるのです。
「皇帝」の第1楽章の独奏部の力を抑えた儚さはどうでしょう。アラウの不安定で確りした音色が胸を静かに撫でます。
終結部の消えていく様な弾き方も素晴らしく、ベートーヴェンの弱音の名手としての部分を浮かび上がらせてくれます。
そういえば最近は、表だった部分で言えば、ピアノの老巨匠が少なくなったかもしれません。
第2楽章は出だしからディヴィス伴奏が見事です。激しい指揮ではありませんが、繊細で、ドレスデンの音色に明るさを与えています。
ピアノは緩徐楽章ということで、更に囁くような弾き方になっています(笑)沢山のディミヌエンドとppの指示はこの演奏の為にあるかの様です。
第3楽章でのスケールもばーっと上がっていくのではなく、なんとなくでこぼこ道を上がって行く様な雰囲気があって、そこら辺のすっきりしない含みが好きです(笑)
音楽の切れ目といいますか、楽譜に書かれていない呼吸を心得ていて、そこがとても気持ちいいです。
第4番は曲自体が渋いので、更に地味目になっていますが、それでもやはりアラウの力の抜けたニュアンスは素晴らしく、上質のドビュッシーの様です。第1楽章は17分辺りのトリルの毅然と始まって揺らいでゆくさまも趣き深いです。
第3楽章のオーケストラとピアノの掛け合いの楽しさが良いです。競うのではなく、溶け合うタイプの名演といえましょう。アラウとの相性で言えば、ディヴィスは最高の伴奏者です。
「皇帝」の名盤を、と言われたら薦め難い演奏ですが、素晴らしいピアノのCDをと言われれば、真っ先に薦めたくなるものの一つといえるでしょう。
新しい人の渾身の演奏も素晴らしいですが、自然体で弾いているだけ(多分)で奥深く聴こえる、大人の芸もまた格別です。男女問わず、人もまた同じことだと思います。
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