東京国立博物館 特別展「手塚治虫のブッダ展」

#その他芸術、アート

今週はストレステストが話題でしたけど、海江田は経産省が作ったペーパーを読んだだけだというのですから、メディアは経産省の思惑を実名付きで報じれば良いと思うんですよね。
どうして実名で切り込まないのかな、と昔から疑問だったんですけど、記者クラブ制度に基づく癒着。官僚とメディアがむしろ一体のものだというのまでは知りませんでした。

将を射んと欲すればまず馬を射よ、という言葉からいえば、将は経産省を筆頭とした原子力村、馬は記者クラブメディアでしょう。
まず馬を射ないと弓が当るわけが無いわけで、従来のマスコミを批判しない利権批判は、プロレス的な側面があったといえると思うし、特に今回については顕著だといえるでしょう。
メディアが官僚の動向を実名で報じ始めた時に、原子力村解体への道が開けるでしょう。

テレビだけではなくTBSラジオも時事川柳は東電ネタは皆無ですね。今週ですとか、どんなに禁欲しても埋蔵電力とか読み込みたくなるものですけどねぇ

行って参りました。

展示構成としては、普段の仏教コーナーに手塚漫画を吸着させたもの。
ブッダは隨分昔にすべて読みました。手塚作品はそもそも余り好きではなくて、ご本人は、漫画で悲劇をはじめたのが自分の独創だ、と仰っていましたけど、やっぱりちょっと暗いんですよね。自伝の作品の空襲の場面なんかを読みますと、これなら暗くなるのは当たり前かとも思いますが。
そういう意味ではブッダという作品は、お釈迦様の個性と手塚治虫の個性が幸せな邂逅を遂げた作品だといえるのではないでしょうか。二人とも悩みの深さも、人間を掘り下げてゆく姿勢も共通しています。

「火の鳥」はみんな評価しますけど、適当に読んだ限りでは、どうも観念的な世界に行きすぎているような気がして、そんなに凄いのかとも思うんですよね。そういう雰囲気もありませんし、手塚漫画中の傑作の一つなのではないでしょうか。

しかし、手塚治虫と震災といえば、やはりアトムですけど、あれだけ描いて原発反対と言われても、釈然としないのは私だけではないでしょう。やはり歴史の流れの中の伏線になっていたのだと思います。
過労死っぽいのも時代性を感じさせますし、やはり僕は無理しないから長生きしたと仰る水木御大のげげげな方向性にシフトしていくのが、正しいのではないでしょうか。自然エネルギーっぽいですし(何

最初は前世から、ということで「仏伝図「兜率天浄土」」はブッダが天上で生まれる待機をしている図。
それにしても伝説とはなんでしょう。
聖書でもマルコ伝が早急に信者を集めなければならない状況で書かれたので、一番奇跡譚が多いと聞きましたが、一つは信者集めというのがあるでしょう。

ダライラマ14世が著書で最近死んだサイババを評価しているんですけど、ああいう奇術をやって信者を集める人は昔からいるんだけれども、問題はその中身で、そういう視点からみた時に、まぁいいんじゃないですか、というような事を書いていました。(ダライ・ラマの仏教入門)

そういう宗教者論壇、みたいなのがあって、あの人は許せる、この人は駄目だ、というようなことがあったみたいです。
今日伝説が伝えられている人というのはそういう批評を潜り抜けて来た人たちのようで、本人がまがいものでごたごたした伝説がついて、今日まで残っている人はあんまりいないのではないかと思います。

という訳で信者集めというのが一つで、もう一つは、やはり教えを込めた話でしょう。

「誕生仏立像(鎌倉時代 13世紀)」はいわゆる七歩歩んで天上天下唯我獨尊といったという決定的な瞬間を捉えた作品。
この神話について最近考えたんですが、特徴は誰でもそんなはずはないだろう、と思うところと生まれた直後ということでしょう。

中村元さんによると東洋哲学は「絶対に独自の自己」という自分のかけがえの無さを持って生きることが西洋哲学との違いらしく(中村元「仏教の真髄」を語る 19ページ)、この伝説はそのことが仏教の根本にあるということを示したものでしょう。

仏教の特徴として、絶対的なものをもって相対的な世界を生きる事を重視する事があります。
お寺なんかでも修行をして一区切りつきますと、悟後の修行、本当の修行ということで俗世に帰っていったりしますけど、これはお寺で絶対的な自分を養って、俗世の相対的な世界で更にそれを鍛える、という意味があると思います。桃水和尚、売茶翁といった人が典型なのではないかと思います。

生まれた直後、ということにしておけば、釈尊の天上天下唯我獨尊ということばが、世間で人と比べて出てきた増上慢な見解ではないということが保障されるからではないかと思うんです。
そして今後社会を生きて行く釈尊にとって、最もふさわしい言葉といえるでしょう。

そして、ここまでお話しすると「お釈迦さんの仏教は、つまるところ自己否定に始まります。」(未公開講演録Ⅲ 260ページ)という司馬遼太郎さんの仏教理解が百八十度間違えている、ということに納得されるのではないかと思います。
氏は良く無私になる事を強調するのですが、人は内面に絶対的な自己肯定を持っていないと無私にはなれないのです。

こういう直覚が無いとどうなるかというと、内側に支えが無いわけですから外側、金とか権力とか地位で自分を支えようとするわけです。法相宗の用語でいう末那識が出てくるわけです。そしてそこに智慧という言葉からは程遠い愚昧な、非合理な判断が生まれる、と。
原子力村の人の眼をみて、ああ、と嘆息された方も多いと思うのですが、原子力村はそういった内面砂漠の一つの現れ、といえるでしょう。

子どもに自己のかけえがえのなさを感じさせるような教育、環境を用意すれば第二の原子力村が生まれることは無いだろうと思います。
これは競争を否定するということではなくて、地方、第一次産業を中心とした、人の多様な在り方を尊重するということです。これは再生可能エネルギーの産業モデルと不思議なほど似ているのではないかと思います。
この本の中村元さんの「員数社会」。これは白川静さんの「ノモス」に対応する言葉だと思うのですが、そういったことを避けていくことが重要だと思います。

というわけで、伝説の中には無形有形の教えが込められていることも多いので、そういう気持ちで一度吟味してみるのもどうでしょうか。

解説によると武術・天文・祭祀・文学に明るかったらしく、武術界でよく言われるブッダ武術家説も経典に根拠があるんですね(^_^;)

「『希望の友』1974年8月号」は宣伝にも使われている、剃髪して頭が輝いたシーン。
確か中村元さんが書いていましたけど、なんでも当時は頭を剃るのは非常に恥ずかしかったらしく、かなりの決意が要ったそうです。さようなら俗世といった感じだったよう。

現代では大山倍達が寂しくなって山篭りを中断しそうになった時、片眉を切り落として恥ずかしくて山を下りられないようにした、というのがありますが、これは剃髪の「精神」を受け継いだものといえましょう。僕はやらないのでいいにくいのですが、現代のお坊さんにもおすすめしたい方法です。

日本の中世になるとお坊さんというのが俗世のシステムの中に組み込まれてしまったらしく、本当に出家するには再出家する必要があった(鎌倉新仏教の誕生―勧進・穢れ・破戒の中世 松尾 剛次 (著))とのことで、鎌倉仏教の祖師とはそういう人たちだったのだそうです。
今活躍されている方の中にも、原子力村からの再出家といいますか、そういう人がぽつぽついらっしゃいますよね(^_^;)本当の学者になるための必然の道なのでしょう。

美術的に特に感動を呼んだのは「伝釈迦仏倚像」(飛鳥時代 7世紀 銅・鍍金東京・深大寺)で回りの人も思わず手を合わせて通る、玄々とした美しさ。私も心の中で手を合わせて通りました。
心が美しい人がピンクの服を着たりするのも、同じ様なありがたさがあります。

ブッダのまわりに動物が集まってくるシーンがありましたけど、涅槃図にも決まって動物が集まってきます。

日本も動物を集めてみてはどうでしょうか。
今回の稲藁の汚染も見落とされたのではなく見なかったのでしょう。SPEEDIと雨のデータをあわせてみれば一目瞭然じゃないですか。
政府・東電がそれをやらなかったのは、農家に対する補償金額を減らす為でしょう。
マスコミの畜産農家の扱いも犯人みたいだといわれますけど、電機業界と農家の広告量が逆だったらまた違った報道になっていたはずです。東電・政府の対応がまずかったからこうなったわけで、主に追及するべきはそこだと思います。

処分したくないという農家の気持ちも痛いほど良く分かりますし、真面目な話、福島県の大部分の家畜など、あやしい家畜は政府・東電が買い取って、うし園を開くべきだと思います。そうすれば消費者も安全なのではないでしょうか。

最後の場面の「『希望コミックス ブッダ』14巻」では旅立っておしまい。
「ブッダ最後の旅」は最晩年の旅ですけど、「家なくして遍歴する寛仁なる人」(釈尊の生涯152ページ)と呼ばれていたそうで、一生旅を続けていたようです。
モーツァルトは「旅をしない人間は(少なくとも芸術や音楽にたずさわる者は)みじめな人間です!」(モーツアルトの手紙 上 柴田 治三郎 (翻訳)184ページ)と書いていたみたいですし、アラビア遊牧民にとって「一か所の土地にじっとしているのは、退行を意味する」(民俗学への招待 宮田登72ページ)のだそうです。
クビライの移動宮廷ですとかも、こういう角度から解釈するのが良いような気がしますし、ブッダの旅もおそらくこういうものの一つなのでしょう。

平常展ではもう一度聖徳太子の?佩刀を観に行こうと思ったんですが、さし替わっていて、この日の展示は「伯耆安綱(名物 童子切安綱)平安時代・10~11世紀」。う~ん、流石に良く斬れそうです。怜悧で腰が重い感じですね。
この刀の前では女学生っぽい人が張り付いて、ずっとメモをとっていました。上野の女学生は流石に素晴らしいです。
前に仏像展示の所で修学旅行っぽい女学生に怒鳴っていた人もみましたけど、もっと楽しくみれば良いと思うんですけどねぇ~。

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