戸栗美術館 古九谷名品展~躍動する色絵磁器~ その6

#その他芸術、アート

サンデーモーニングの「風を読む」では世論調査についてやっていましたが各社間に結果にばらつきがあるとのこと。ばらつきがあるのならいつもいう統計学にのっとって正確な数字を出しているという看板は引っ込めるべきですし、偏った設問方法で聞かれるというのも良く聞きます。

学者が、世論の風向きで政策を引っ込めてしまう、といったいましたけど、今までの民主党のマニフェストを代表に、世論が正しい方向性を示しても、官や経済界の圧力の前に歪まされることが多く、正しく具体的に追って行くと「官愚主義」ともいうべき状態になっていると思います。

福沢の、世論は過去を顧みることもなく未来に先見を示すこともない、という発言を引いていましたけど、ここで江戸時代の民衆を信頼したボトムアップ型の政治から、衆愚的な価値観に政治が移行したことがわかります。そして戦後その価値観を受け継いだのは丸山眞男であり司馬遼太郎でしょう。

学者の背景の本棚にでかでかと丸山眞男全集が飾ってあったのは象徴的だと思います。

福沢は人種差別的な発言も含めてあまりにも問題が多すぎ、本当に早めに紙幣から外すべきだと思います。

岸井が福沢に同意していましたが、世論はあなたの論説の何倍も賢いと思います。

この「風を読む」はどうしてもポピュリズムが台頭、的な方向持って行きたがる癖があって、それを岸井が嘆くという展開になるのですが、嘆いている本人や特集を作った人間が当たり障りのない事しかいわないジャーナリズムの本質を失った一番の病巣であると思います。

現代の世論といえば脱原発ですから、それは衆愚主義である。原発を推進したい、というメッセージなのでしょう。旅行や広告費が効いていると考えるのが妥当だと思います。

この番組はこれだけの電波特集を連打できるのが逆にすごいと思います。

衆愚的な価値観が何と結びついているかというと、それは一つは中央集権的なシステムでしょう。

「百姓の江戸時代」(田中圭一著)という本では「定免制は、役人の検見の不正、政治の腐敗を追及する民衆の検見制批判の声に応ずる対策として生まれたものであった。」(20ページ)と定免制の成立なの経緯などを丹念に追っていって「江戸時代の法や制度成立の要因は百姓社会にある」(92ページ)という結論を出していますが、公論重視。即ち民衆に対する信頼が当時の地方自治の根幹にあったといえます。

このように近世について正しく調べていくと、近代以降は「自己植民地化」であるという意味が良くわかります。
そういう歪んだ中央集権・仕組みから来るマイナスを取り除いた時に、一人一人の市民というのは本来とても頼り甲斐のある存在なのだとおもいます。

戦前の軍国主義の高揚にしても私は、教育や反体制の弾圧なども大きいですが、拝金主義的で軍部に擦り寄った報道の煽りを重視したいですし、例えば戦局の拡大の分岐点をみて行きますと、柳条湖事件にしても、盧溝橋事件が拡大した経緯をみても、国民のあおりが原動力というより、軍部の利権確保や出世欲、というのが決定的に関係しているんですよね。
確かに当時の国民はかなりやる気の人も多かったですけど、実際に日本を破局に追い込んだのは、メディアの権力に擦り寄る拝金主義であり、官のこういった意識と利権拡大で出世する仕組みだったと思います。

12月2日の午後1時5分頃のNHKのニュースでは民主党が、安全が確認された原発は再稼動させていく、といったというニュースを流していましたが、これを垂れ流しただけでは視聴者はいかにも近いうちに原発の安全が確認できるかのように錯覚する恐れがあり、視聴者をミスリードするような報道だと思います。

12月2日の午後4時58分頃のNHKBSのニュースでは、唯一下に活断層がある敦賀原発、と言ってその調査のニュースを伝えましたが、大飯などその他も調査中にそのように言い切るのは科学的な態度ではなく、間違った認識を視聴者に与えます。

12月3日のモーニングバードでは朝日新聞の星編集委員が日本未来の党の公約は小沢のもとの党と同じである、という事をひたすら繰り返していていましたが、なぜ同じだと良くないのか説明されず、小沢の党の公約は元の民主党のマニフェストと同じであるという視点がなく、ひたすら小沢が有罪であるかのような大量の報道を繰り返したことへの反省がありません。

12月3日の荒川強啓さんのラジオでは政党の支持について流していましたが、自民・民主・維新までで日本未来の党についてはいいませんでした。また、野田と安倍のどちらが首相にふさわしいか、というアンケートの結果を読み上げていて、僅差で安倍が勝ったとのこと。どちらも非常にたちの悪い世論誘導を感じさせます。

12月3日のスーパーJチャンネルでは新党乱立を状況から、90年代の新党ブームを回顧。

面白い所もあったのですが、田中秀征がいうには、当時は金権政治がはびこっていたので清潔ならばブームを起こせたが今は違う、ということですけど、主要政党の背景には原子力ムラが居り、清潔は今回の選挙でも最も重要なテーマだと思います。
日本未来の党のアピールポイントを無化したいという考えが働いているのでしょう。田中秀征はどうも原子力ムラの存在を無視したいのかのような発言・行動が目立つ人だと思います。

また、田中秀征は、細川政権は政党助成金と小選挙区制を実現させる為の特命内閣だった、ということをいっていましたけど、改悪の恐れが強い、これだけの物を通すために、あれだけお金を使って選挙をしたのか、と問い詰めたくなります。

シャンパンを飲んだのは白州信哉氏の演出だったらしく、白州家らしいといえます。政党自体も結局なんとなく世界の流行に乗ろうとしただけだったのではないか、それがこのシャンパンにすでに表れていたとも言えるでしょう。お洒落な弱さを感じますよね。

結局、さきがけのピークは絶対に与党にならない、といっていた時であり、今も昔も有権者は権力に左右されない信念を持った政治家を求め続けているのではないかと思います。

12月3日にはオリンピックで政治的なアピールをした韓国選手にFIFAの裁定が下りましたけど、実に軽い、といいますか、FIFAが処分を検討していたんですね。
IOCの動きは極めて鈍く、オリンピック憲章で規定された「オリンピックの精神」は黒人の抗議の声を封じ込めるためのものであったことが確定したといって良いでしょう。日本はもっとこの事を強く訴えていくべきだと思います。

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