マタチッチ ベートーヴェン交響曲第6番「田園」他 NHK交響楽団

#音楽レビュー

6年くらい前に書いて放置していたものをそのまま掲載。

マタチッチの1967年のライヴです。
とても良い演奏は感想を書く気がしないのですが、このマタチッチのライヴもそれに近い水準だと思います。

マタチッチは日本で愛されたことで有名な指揮者。
中野雄さんが、明瞭でない棒にみんなが必死で食らい付いて行くから名演になるんだ、との事を書かれていらっしゃいましたが、そもそもマタチッチに揃った演奏が良い演奏である、との認識があるような気がせず、そこら辺の感覚も、揃い過ぎない風情を愛する日本の美意識に適合したのかもしれません。

とはいえ、本当に崩壊するとまずい訳で、N響との組み合わせは、いわゆる天才と秀才の組み合わせ、に近い物があると思います。
異質な組み合わせに、ジャズのアドリブの時に漂うような緊張感もあります。

さーっとした雰囲気で、第1楽章が流れ出します。
武骨とも評されるマタチッチですが、この田園から真っ先に浮かぶのは、玄冥といった言葉ですね。
6:40辺りの管と弦の静かな絡み合いが好きですね。フルニエを想起させさえする様な、気品も感じます。
ぶぉんぅぶぉんぶぉんと刻むマタチッチの低弦には、体全体を正面から圧迫させるような力があります。海の波みたいな感触ですが、やたら熱くて厳つい波だといえましょう(笑)

第2楽章の冒頭でのきゅるきゅる流れるヴァイオリンなんか、繊細で、ここまで綺麗に響くのは、きっと指揮者の伎倆なんだと思います。
3:25秒辺りのちょっとリタルダンドがかかった、細かい表現も見事です。
5:50秒辺りの一瞬うつむいた加減も、良いサビになっています。風神の気配を感じさせる田園です。

第3楽章は力強さを内に封印した演奏。抑え目の音量で演奏すればするほど、曲の力が漲ります。黒楽茶碗の様に、簡素な造形の中に、吸い込まれるような味があります。
コサック・ダンスの上半身だけをみている様でもあります。

第4楽章の嵐もダイナミックス自体は抑え目の演奏。ただやたら太い雷の線ですとか、雷鳴の直前に微風に揺れる草原が見えます(笑)
ブラックな嵐の表現ですが、響き自体は極めて健康的に聴こえる所がマタチッチの人柄を感じさせます。
第五楽章では3:40からのヴァイオリンとか、細く滔々としていて、上手いですね。
7:10辺りでは晴れやかさを突き抜けて、違う国にでも行ってしまいそうな勢いで、実演らしいフィナーレが見事に形作られます。

レオノーレ序曲第3番は5:00の念押しのようなパッセージや、12:00過ぎのワルキュレーの騎行のような雰囲気で始まる、コーダの素晴らしさが圧巻の演奏。どこをとっても、納得させてくれる演奏でもあります。
フライング気味の拍手は僕は好きな方で、気持ちが自然に出ていて麗しいと思います。

ニュルンベルクのマイスタジンガー序曲はスタジオ録音より、テンポが速いですね。
力強い指揮者でも例えば、宇野先生はティンパニに語らせるような所がありますが、マタチッチは弦主体で惹き付ける指揮者です。
盛り上がる所では音楽が交錯し、実体すら見えない迫力を出します。これはマタチッチの特徴の様で、ニュルンベルクのマイスタジンガーでも独特の表情を聴かせてくれます。

42年前ですが、この日の新潟県民会館は音楽の京だったに違い有りません。現地の幸福感まで、音盤に刻み込まれているようで、そんな気持ちがダイレクトに伝わって来る演奏です。

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