江戸東京博物館 ファインバーグ・コレクション展 -江戸絵画の奇跡-後期 その4

#その他芸術、アート

「東アジア連盟に抗議文=巨大横断幕のメッセージで―日本サッカー協会」(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130729-00000084-jij-spo
はやはり、オリンピックの時にちゃんとメダルを剥奪しなかったのが、こういったことにつながっています。FIFAやIOCといった組織は欧米主導ですので、黒人が白人に抗議しなければ何とも思わないのでしょう。それではだめだということを日本は強く訴えねばなりません。

スラムの放置などもそうだと思うんですが、非合法とまでは言えない欧米による黒人封じ込めのシステムが世の中にはたくさんあります。

最近中国がアフリカに援助・資源獲得を加速させていますけど、欧米がこれをやらなかったのは、やはりアフリカに強くなられると困るから、というのがあったんだと思うんですよね。文句を言われる。文句という程度で済めばよいですが。

日本も欧米の掲げる自由や平等の建前の本音をしっかりとみたうえで、そういった建前も利用して、国際社会の中で自らを基本に主体的に振る舞わねばなりません。

6月30日の朝日新聞の本田由紀東京大学教授の「幻想を冷静に考える」は「「幻想」のタマネギを剥き続けるより、何が比較的ましな「幻想」なのかを冷静に考えることが有益なのではないでしょうか。」とありますが、最近たとえば原発ですとか、以前といわれていたことと違う事実というようなことがたくさん出てきたことに対する意見のようにも思います。

仮にそうだとして、氏以外にも新しい事実に対するこういった反応はよくみられると思うのですが、それについて話します。

私は例えば歴史についてですとか、通説と言われていたものが違うのではないか、ということを書いていますけど、これはなぜ以前はおかしな説が唱えられていたかというと、以前に権威といわれていた人が強引な説を立てていたことに因ります。たとえば明らかな間違えなのに、政治力が強いがために誰も間違いを正せず、死去して初めて正しい説が広まり始める、ということがあるのです。

そういう旧来の説と、新しく広まった説を、どちらも「幻想」で処理してしまうのは認識として正しくないし、旧来の説を生きながらえさせたり、間違った認識に導く可能性がります。

歴史も原発もですが、そういった権威的で内実を伴わない時代があり、そういったことが、ネットなどもあって明らかになりつつある。もちろん慎重さは必要なのですが、最近の新しい説というのはそういった性質のものである、という認識が根底にあるべきであって、どちらも「幻想」といういいかたはおかしい。いわゆる正常性バイアスの一種ではないでしょうか。

ワイドショーではひたすら相変わらず北朝鮮報道を繰り返していますけど、これでは日本より北朝鮮に詳しくなってしまうくらいでしょう。汚染水漏れに3号炉にいくらでも問題がある中でこのような報道を繰り返すのであれば、電波を返納するしかないと思います。

7月29日のモーニングバードでは松井康真記者が取材した汚染水漏れについてやっていて、東電が安全文化がないことを認めたことが驚きだとのこと。安全文化がないと再稼働はできませんからね。(それすら忘れていたのでしょうし、無視をして再稼働に突き進むつもりなのでしょうか)

このことは他の番組でも原発再稼働を目指そうという動きの中で必ず振り返られねばならない発言ですが、ほかの番組の違う場面で引用されているのをみず、これだけ重要なことをスルーするつもりなのですかね。

小松靖アナウンサーは透明性と自浄能力を発揮して国民の期待に応えてもらいたい、といっていましたけど、本当に期待されているのでしょうか。東電では原発処理は務まらないのではないかというのが報道の責務ではないでしょうか。

7月4日の朝日新聞の「アラブの春とメディア」では「人々はこれまで疑いもしなかった公式発表の出来事について考え、分析し、判断できるようになった」とありますけど、日本にも置き換えられる話です。

アラブの春はフェイスブックで起きたといわれりますけど、実際大きな役割を果たしたのはアルジャジーラだといわれています。アメリカ寄りの情報なのですかね。

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