東京国立博物館 平常展 運慶・快慶周辺とその後の彫刻 その5

#その他芸術、アート

「西川史子、デヴィ夫人の戦慄ビンタ目撃 一般女性が「かなり挑発する感じ」」(http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20140122-OHT1T00059.htm)は、いくらかテレビの構造的な問題も噛んでいる感じ。

おすぎさんによると、最近は製作費を節約しようとして素人さんを出すことが多くなっているとのこと。そこでコントロールが利かなくなって起こった事件といえるでしょう。ただ、手を出したら負け、というのがおすぎさんの意見。

ほこたて同様、テレビ局が下請けに科した制約の中で生まれた事件とも言えます。

お金が無いお金が無い、というのですけど、どうもテレビ局そのものは豪奢でお金に困っているようには見えません。決算も悪くないようです。電波料が安いのと、電波の私物化が指摘される、映画などの副業も効いているようですね。ただ、下請けから搾り取っているだけなのではないでしょうか。

日本政府がお金が無い、といっていることに、ここでも近似しているのかもしれませんね。特別会計と消費税のようなものなのでしょう。テレビ局については、新聞などがまったくやらないので、あまり情報が入ってきませんね。

叩いたのはいけませんが、それにしても、いってはいけない言葉が世の中にあるというのも事実でしょう。言葉の詳細は知りませんが。侮辱罪とかにはならないんですかね?

それと、そういうのは想定している人も多いでしょうし、だから私もみないのですが、ガチでやっているとみせてやらせで構成している番組作りも疑問に思います。

都知事選では宇都宮さんはどうもテレビには好かれていないようで、相変わらずあんまり映りませんね。
ここまできたら、どうせ好かれていないので、都内でのクロスオーナーシップの禁止を掲げたらどうでしょうか。都だけでどこまでできるかわかりませんけど。

大沢悠里さんのラジオでは、名越康文さんが、巨人軍は紳士たれ、という言葉について解説。

アメリカと違ってつばを吐かない、とのことですが、川上監督はぼこぼこ殴るなど、長嶋の女性関係がいろいろあって、それは例外ではないと聞きます。王もDV疑惑がありますが、体罰問題の時も肯定的な話をしていたので、実際にそういうこともあったのかなと思っています。

何が紳士なのか全くわかりません。表面だけではないか。

次は独創性の話。日本の大学は画一的で発明が出ないというのでやっと改革の兆しが出てき始めているが、実はアメリカでもイノーベーションが出ない、というお話。
アメリカでも自由な発想を持っている人は一部である、とのこと。

アメリカは独創性を筆頭に、あらゆる意味で移民の力にたよっている印象がありますよね。

「汚染ごみ最終処分場、宮城に3候補地提示 地元反発」(http://www.asahi.com/articles/ASG1N5GBYG1NUCLV00L.html)を報ステでは地元の声を放送。

「風評は怖いですけどどこかが受け入れなきゃいけないことですからね」とのことですけど、風評被害というのは、東電被害の実態を隠蔽した原発事故後のメディアが開発した新用法であり、それが視聴者に影響を与え。またそれを放送する、ということで社会的認知が強化されていくというスパイラルを観察することができます。

「受け入れなきゃいけないことですからね」という言葉は、原子力政策、そして推進の責任が定まらない現在において、後回しにされるべき議論であるといえるでしょう。

「自分だけがいいっていうのも申し訳ないけどできるだけ来ない方がいい」とのことですけど、一つの視点として、原発を引き受けたところは、自分たちが出したのですから引き受けるという姿勢があってしかるべきだったとも言えます。

原発の立地地元も群がる原子力ムラも「良いとこどり」をしてきたのではないか。彼らの「自分だけがいい」を指摘して明らかにするのもメディアの仕事だと思います。

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