杉並公会堂 6月10日アリス=紗良・オット ピアノリサイタル

#音楽レビュー

行って参りました。

行こうかどうか迷っていたのですが、「笑ってこらえて」の放送を観ているうちに、これは当日券が無くなるのではないか、という危機感を抱き、すぐにチケットを予約。

当日はほぼ満杯でしたが、一応当日券の受付スペースはあったので、何枚かは売っていたのだと思います。

客層は他と比べるとやはり若い男性が比較的多いでしょうか。

空いていた席もいくらかありましたが、それも合間に途中入場の人で埋まっていきます。最初はかなり客席から音が立ち、何なのだろうと思っていたのですが、これで氷解しました。タイトな予定の中でも聴きたかった人が多かったのでしょう。

アリスさんらしい、ぱっと入ってきてさっと弾き始めるスタイル。

最初の曲目の「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番 ニ短調 作品31-2「テンペスト」」は第1楽章から、素晴らしい情熱的な演奏。

以前にも増して強力なっていますが、欠点を探せば、左手がやや弱く、この曲独特の勁い不気味さが出きっていなかったでしょうか。

第2楽章は弱音の中に内的なエネルギーがたくさん込められたベートーヴェンらしい内容。

音を出す前のための動作に実際に音を出す前の準備があり、フルトヴェングラーの「およそ音に働きかける可能性は拍子それ自体のうちにではなく、もっぱら拍子の準備のうちに宿されている」(正確な字句を覚えていなかったので、某サイトより引用させてもらいました。)という言葉を思い出します。

リリシズムがあり、高音はきらびやか。女性らしいたおやかな感じもありました。

第3楽章も弱音部の抑制がよく効いた、迫力に満ちた演奏。ベートーヴェン特有のくぐもった悩ましげな感じもちょうどよく表現されています。

全体的に血が通い切った名演で、稀有な演奏です。ハイドシェックより良いと思います(何)

定番のバックハウスとか感心はするんですけど、あの演奏は、はち切れんばかりの精神的なはみ出しが無いという意味で、実はあまりベートーヴェン的ではないと思うんですよね。

それからすると、アリスさんの演奏は情熱が溢れださんばかり。しかも自由な感じがするのが素晴らしいところ。それでありながら構成力もあります。

ただ、そういう自由でありながら変な方向に偏るのでもなく構成的にもしっかりしている演奏はアリスさんに限らず、最近の奏者の傾向として顕著だと思います。クラシックがより自然な意味で「音楽的」になってきている、ともいえる。宇野先生が最近批評をしては「みんなシューリヒトになってしまう」とぼやいていますけど、これは指揮者の領域において同じような傾向を感じたものでしょう。

古典的な枠組みにとらわれず、自由かつ大胆に表現しながらも造形を損なわない、というのがシューリヒトの特徴でその先進性を示す部分です。また、

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で書いたような、時代に先駆けた清澄さも持ち合わせています。このことについては、もっと詳しくまたアップしたいと思います。

そういう新しい傾向を感じさせる奏者の筆頭がアリスさんであって、時代に即した響きといえます。それが実力に加えて、私たちに過去の名演以上の感動をもたらすのだと思います。

過去のあまたの名録音と比べても、私の知る限り一番良い演奏だったと思います。

物凄い力強さで、楽曲の合間には「筋肉質ですよね。」という観客のつぶやきが聞こえます。

「J.S.バッハ:幻想曲とフーガ イ短調 BWV.904」は出だしからうねり返っていて、逆巻く波のようです。
快速なテンポの攻めぬいた解釈で、グールドの路線。

スタイリッシュで清新でありながらグールドの神経質さはなく、その代わりに積極的な熱情があります。しかも素直で余裕があって、私はこちらの方が好きですね。

曽根麻矢子さんのチェンバロとかのように淡々とちゃかちゃかフーガを奏でていくのもおもしろいのですが、これはこれで、やはり現代のバッハであるといえます。

プログラムには「無窮動」という表現が使われていましたが、まさにそのような弾き方で物語を奏でているよう。

起伏に富んでいて、華麗。場所によっては「キエフの大門」を聴いているのかと思うくらいです。

あれ、本当にバッハだったっけ、と確認したくなる様な演奏である一方、規則性の中に劇的な表現と破調を盛り込んでいて、これもまた基になったバッハの強靭さであり、良さであるなとも感じます。

部分的にも全体的にも緩急が細かくついていて、変幻自在な勢いがすごいです。

「J.S.バッハ/ブゾーニ編曲:シャコンヌ」も編曲からして力強く、演奏もエネルギーの限りが込められており、テンペストよりテンペスト的な位。

休憩を挟んで「リスト:愛の夢」は本演奏会の緩徐楽章的作品。

2番は清明で抒情的。3番はまさに夢幻的ですが、その中にも熱っぽさを引きずっているのがらしいです。

プログラム最後の「リスト:パガニーニ大練習曲」は3番と6番を入れ替えて演奏。この方が良いでしょうね。

リストがパガニーニの曲のピアノ版として作ったもので、超技巧が必要ですが、この演奏会では緩急自在で実に音楽的なのがすごいところ。

もと6番の3番目はヴァイオリンでも有名な難関演奏ですが、ピアノでもものすごく難しそう。

もと3番の6番は超有名曲の「ラ・カンパネラ」ですが、この曲に入ると横に座っていたお姉さまがはっと顔を上げたのが印象的。

前に出ていた「徹子の部屋」でもやっていた得意曲で、ガラス細工のように絶妙でしたが、今回の実演では、高音が響く感じで、よりアグレッシヴ。

早鐘のように人の鼓動に働きかける音楽で、スイッチが入ったように怒涛の終結部は圧倒的。

終演後の拍手はものすごく、横のお姉さまも手を掲げて拍手していました。

アンコールは観客の人たちのおかげで弾くことができたといったお礼を述べた後に「シューマン:ロマンス第2番」を、ロマンティックに子守歌のように。

続いては「ショパン:ワルツ14番ホ短調」をごろごろ弾き切り、鳴りやまない拍手に何度もカーテンコールに出てきて、最後におやすみなさいのポーズをして、会場を和ませておしまい。ファンとの絆を感じさせる場面でした。

会場を飛び出して適当に歩き出すと、間違えて明らかに寂しげな街の裏の方に出てしまい、杉並公会堂寄りに道を修正。すると、向かい側から携帯で話しながら歩いている女性が、「すごい、すごいのよ。裸足だったのよ!」と絶叫をしていて、ああ、そういえば裸足だったんだ、と初めて気が付きました。

あらゆる音楽が好きな人に、これを聴かないのはもったいない!と言いたくなるくらいの良い演奏でした。
帰ってきても胸がじんじんして治まらず、いまだに身体に残る余韻が濃厚です。それもこの演奏会の性質を表していると思います。

この次の日はまた新潟で演奏だそうですが、すごい体力です。長いツアーでの幸運をお祈りします。

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