「3 浮絵から洋風版画へ」のコーナーの「羽根田弁天之図」は風景が遠大な良作。風景画のジャンルを切り開いた絵師の流石の力量です。
カタログでは北斎への銅版画の影響の大きさが書かれていましたけど、この世代以降の浮世絵師はだいたい西洋の影響が入っているといって良いでしょう。
西洋人にとって受け入れやすいのはそのせいでもあるとのことですけど、これは広重に関してもよく言われます。
北斎には顔をみせない人物画が多く出てくるのですが、これは銅版画の影響ではないかとのこと。
応為の絵にもそういうのはありますよね。
「六歌仙」のシリーズはそれぞれの歌仙の上に歌を添えたものですが、構図的に、現代のアニメ雑誌のキャラクター紹介の雰囲気はします。
「5 為一時代の風景版画」では「冨嶽三十六景 深川万年橋下」が見事な太鼓橋。
「冨嶽三十六景 穏田の水車」はいわゆる小水力で、かつての日本人の賢さを感じます。
「「冨嶽三十六景 相州箱根湖水」横大判錦絵天保2年(1831)前後」は横の人が富士がちっちゃい、と呟いていましたけど、富士のある風景、というのがこのシリーズの一つの本質ですよね。
解説では当時の富士山信仰がこれらのシリーズの下敷きにあるということが解説されていて、鳩森神社の富士塚が参考資料として掲げられていました。
「6 華麗な花鳥版画」では「鷽 垂桜」が美しい作品。
「百橋一覧」は北斎の夢の中に出てきた百個橋がかかった風景を描き止めたものとのことですが、本当に百あるかは不明。
こういう私的な着想が浮世絵になったというのはあんまりみかけず、北斎の人気を示すものでもあるのでしょう。
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