(考論 長谷部×杉田)衆院選、どう向き合う その1

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http://www.asahi.com/articles/DA3S13161330.html)の


そもそも政党や政治家は自己利益のためでなく、公的利益の実現のために存在しているという建前を掲げておかなければまずい。ところがいま、みんな自分の生き残りしか考えていないことを白日の下にさらしてしまっている。

は社会のモラル無き資本主義、新自由主義が政治に跳ね返ってきているといえるのかもしれません。

ポピュリズムは全否定されるべきものではなく、世界的にみれば、右派の専売特許でもない。

はポピュリズムの定義によりますが、民主主義国家としてはある種当然のこと。
ポピュリズムが伝わりやすいメッセージのことだとしたら、私がいつも言っているように必須不可欠なものです。

政府とメディアの癒着、小泉のように電通と結託して操り人形のようにしゃべることがポピュリズムだとしたら否定されなければなりません。


なのでポピュリズムが全否定されるべきではない、という言い方は構造的癒着をしっかり認識して見据えた上で、それを肯定しないように注意しながら使われるべきでしょう。

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