https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4332/index.html
は現代美術についてやるも資金洗浄についても投機についてもやらない特集。
美術的価値に話題を集中させるために省いた可能性はありますけどそもそも美術的価値はこういったことなしには全く成り立たないでしょう。
日本の市場の小ささはそういったことがあまり行われていないと思われることにも由来していると思う。
「100億円のウサギ」が議論の的ですけど、これを押し上げる各機関の連携はファッションをはやらせるための業界の連携と同じものだ。去年は緑で今年は青。
そういった連携が日本にはないという現代美術家の嘆きも取り上げていましたが、そういったものを日本に再現することにどれだけ価値があるのかと思います。
スタジオでは、今やらないと京都みたいに千年後の遺産として残らないということですけど、歴史に耐えうるものがそういったもので果たして生まれてくるのだろうか。
しかし美術品の価値を決定的に左右するという批評家の批評は適当だ。これは現代美術の特徴でもあります。
現代美術の暗黙のお約束としてわかりやすいものはよくないのでわかりにくいものを作る。結果としてシミのような作品になる。
現代美術はシミみたいなもので、それを批評家が勝手に批評して価値を持たせる。
ただ観るだけなどと言って観ている様で言葉にがんじがらめになっているさまは現代社会の相似形のようで、一つの業界丸々で表現される皮肉な世相批判だ。
伊福部昭さんも現代音楽の不協和音から勝手に言葉で誘導して情景を喚起させる手法を批判されていましたね。音楽界も同じことです。
米中に対抗していたずらに規模を追うものでもないと思う。
日本の芸術家を取り巻く環境は、真摯な営みを支えるものであってほしいですね。
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