5月21日(木) 午後8時00分 ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!【感染症のおなまえ】

国内番組

は地域名とか付くと良くないのでだんだん感染症の名前が客観的になっていくという話。
ただ端的性が失われるのは大丈夫かなという気もしますね。




クラスターといった今回多用されたカタカナ言葉については厚生労働省の誰かが名付けたのでしょうけど日本語にする時間が無かったのではと金田一教授。日本語の分かりやすい名前の方が良いという見解。

カタカナ語は一般的に良くないとされますけど、私は今回のようなときはまったく新しいフェーズに入って行くような改まる気持ちが出る点で良いと思う。

意味が伝わらないことが懸念されていますけど、伝わっているのではないでしょうか。

またちょっと距離があることで他人事のような良い意味での心の余裕が生まれると思う。

江戸時代は流行り病に「谷風」とか当時流行の娯楽の名前を直接つけたということをやっていましたけど、これで心の余裕を保っていたようです。さすがは江戸時代は洒落の時代です。カタカナ言葉は図らずも近い効果があったのではないでしょうか。

こう考えるとこれからの命名は正しい情報のみならず聞いた人への心理的効果を考える時代が来るのかもしれません。




大陸から羊が来たから羊病とか大陸から銭を輸入したから銭病とか中世の日本では病は大陸から渡ってくるものという意識が非常に強かったらしい。
やはり遣唐使の中止も関係があるのだろうか。




黒船から持ち込まれたコレラで大量の死者が出て幕府は傾き流行が終息しないまま明治維新に。
ドイツから輸入された衛生という概念で新政府は対処したとのこと。これが日本の近代医学の夜明けです。
ただ日本は清潔だと江戸時代に日本に来た外国人も書いているので、その延長線上で達成されたともいえるのかもしれませんね。




スペイン風邪については「かぜ」と呼ばれてしまったことで侮られてそれが流行に繋がったらしく、北里柴三郎らはそれを訂正しマスクを推奨。日本のマスク文化は北里柴三郎から始まったとも言われているらしい。
新型コロナウイルスは症状の現れない期間の感染させる力が強いことがわかっている現在、マスクが良かったとさらに言われるようになっています。政府の無策にもかかわらず今回日本の被害が比較的僅少で済んだのは、北里の遺徳といえるのかもしれない。

当時日本政府は無為無策だったというようなことを磯田道史氏が言っていましたが、こちらでは絶賛調。
特にお巡りさんを動員して聞き込みをして感染者や死亡者を事細かに調べ上げたのが素晴らしかったとのこと。それを受けて名越氏は現代が劣っているところもあるんじゃないかと称賛。
流行予測を立て、対処を決める点でも現代では確かに把握は非常に重要です。

しかしそのデータを何に役立てたかは番組で結局言わず。ただの夜警国家の軍事情報だったんじゃないですか?国民が苦しんでいるときに軍事しか考えていなかったのではないかと感じます。

結局何が素晴らしかったのか釈然としない終わり方でした。

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