BS1スペシャル「ウイルスVS人類3 スペイン風邪 100年前の教訓」

国内番組

2020年5月12日(火) 午後9:00~午後9:50(50分)
【出演】磯田道史,川名明彦,【アナウンサー】塚原愛

5月7日の収録とのこと。

磯田氏は冒頭、専門家とメディアは今回間違えたと歴史は判断するだろうと対応を批判。

1月半ばで中国で爆発的に流行していたのに日本では専門家が人人感染はするのかといった議論をしていた、また、インフルエンザと同じだなどと言っていた、と批判。

川名明彦氏は1月24日に人人感染するという論文が初めて学会誌に載ったと説明。論文だけをみていて事実を観ていなかったということなのでしょう。

また、1月半ばの中国以外での感染者は150人で死者はいなかったので、医療崩壊を起こさなければ怖くない病気だと思われていたとのこと。
ここら辺はヨーロッパで起きたといわれる変異が関係している可能性もありますよね。

川名明彦氏は日本の専門家はウイルスを当初は過小評価していたと率直に反省。
しかし、その時に策定された対策が未だに行われているということなのでしょう。こちらが輪をかけて問題だ。

川名明彦氏は中国の対応を、流行の状況自体の情報は出さなかったがウイルスの遺伝子情報を出すのは早かったと評価していましたけど、12月に流行した前提の議論で、もし流行が9月にすでに始まっていたとしたら遅すぎるといえるだろう。

一応批判が行われた形ですけど一番の失敗の検査を絞ったことについては一貫して番組中出てこなかったのが特徴的だ。

現状を確認し番組は本題のスペイン風邪について。

日本政府の対応は集まるのはなるべく止めましょうねと布告するくらいで、学校も展覧会も何も止めなかったとのこと。

川名明彦氏は当時の政府なりにやることをやったといった評価。

しかし当時のアメリカがしっかりロックダウンしていたのだから日本にできないはずはない。

磯田氏は感染症対策の根拠地で行われた何周年記念パーティに出た首相の原敬がスペイン風邪に罹ったエピソードを紹介。そんなところがパーティを開いているくらい意識が低かったとのこと。

子供が感染した与謝野晶子のなぜロックダウンしなかったのかという文章を紹介。
これは与謝野晶子の新しい古典になりそうな気がします。

与謝野晶子でロックダウンするべきだと思うのですから専門家がその思いに至らなかったのは何かしらの欠陥があったからに違いありません。

第2次世界大戦で顕わになる人命軽視の風潮がすでに表れていて、真面目に対策をしなかったのではないか。



川名明彦氏は新しい感冒に対しては100年前と同じで丸腰と繰り返すのですけど、やはりPCR検査があること一つをとってみてもとても大きい。その武器を(サイエンス以外の理由で)使わなかったというのが実情ではないか。



セントルイスとフィラデルフィアのロックダウンの日にちの違いによる死者の違いを示す有名なグラフについては磯田氏は当初成功したかに見えたセントルイスで封鎖を解除した瞬間に死者数が上がっていることに注目するべきだと指摘。
私も全体の死者数は凄い大差ではないなとこのグラフをみて思っていましたね。



鳥羽伏見の直前に慶喜はインフルエンザにかかっていたとのこと。これはあまり書かれませんよね。そのこと自体がまた問題です。
たとえば
戊辰戦争から西南戦争へ―明治維新を考える (中公新書) 1996/8/25
小島 慶三 (著)

戊辰戦争から西南戦争へ―明治維新を考える (中公新書) | 小島 慶三 |本 | 通販 | Amazon
Amazonで小島 慶三の戊辰戦争から西南戦争へ―明治維新を考える (中公新書)。アマゾンならポイント還元本が多数。小島 慶三作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。また戊辰戦争から西南戦争へ―明治維新を考える (中公新書)もアマゾン配送商品なら通常配送無料。

には記述がありません。



パリ講和会議でアメリカ大統領のウィルソンはドイツに多額の賠償金を課そうとするフランスに反対したがスペイン風邪にかかって後半ほとんど会議に出られず押し切られてしまったとのこと。

グローバリゼーションが進んだ現代ではこういったことがより頻繁に起こって来るだろうという磯田氏の未来予測で〆。

コメント

タイトルとURLをコピーしました