英雄たちの選択 「加藤清正・熊本築城~秘められた関ヶ原逆転の戦略~」

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磯田道史 歴史家、国際日本文化研究センター准教授
渡邊佐和子 NHKアナウンサー
千田嘉博 奈良大学学長、城郭考古学者
加来耕三 作家、歴史家
中野信子 脳科学者
山田貴司 熊本県立美術館 学芸員
松重豊 語り 俳優

は地震に傷ついた熊本城特集。

全体として清正の人生を穏当に振り返る感じで特に問題提起などは感じられませんでしたね。災害が起きた時は穏当な王道企画が一番です。

熊本城はとにかく戦いにすべてを集中した城と千田氏。

清正は能吏タイプとの番組の見解。
磯田氏は「地震加藤」のエピソードを披露。清正のWikipediaを見るとこれは史実ではないと書かれていますね。

加来耕三氏は清正は領国肥後の北部では小麦しか穫れずそれを日本で売ってもお金にならないのでパンを作っているフィリピンまで売りに行って硝石を買いその三分の一を自分で貯めて残りを他の大名に売っていたというエピソードを紹介。Wikipediaによるとそれは思うように成果が上がらなかったとありますね。



磯田氏は清正が家康より長生きしていたらというIFを予想。これは誰もが思う歴史のロマンだ。

磯田氏は西側の豊臣政権と東側の徳川政権が並立する未来を予想。なんかこの図を見たのは何度目だろうか・・・・・。

西側は貿易の富で東側に対抗するらしい。しかしそうなると図と違って東は農本主義ではなくてやはり対抗して貿易をせざるを得ないでしょう。貿易の管理を巡って争いが起きるかもしれない。
戦国時代の大内氏とか尼子氏が有名ですけど、「鎖国」っていうのは全国を掌握していないとできないことだなというのを改めて思いますね。

重商主義を採るとなると村八分のようなものもなかっただろうし、身分の流動性も高かっただろう。今日のような大勢順応的な日本人ではなくリスクを取ってハイリターンを狙う日本人になっていたかもしれないと中野信子氏。
私はその考え方は江戸時代を硬直した時代とみなす古い歴史観に基づいていると考えます。そういう日本人が作られたとしたらそれは明治以後の軍国主義によってであって、実はそれは戦後に強化されたと考えています。

戻って、この図はつまり、清正が生きている間は大坂城に攻め込めないっていうことなんですかね?それでもやっぱり攻め込むしかないと思うけどなぁ。並立は無理ですよ。

加藤清正が生きていたら大坂の陣で豊臣方についたのか気になりますね。仕方が無いとはいえ、加藤嘉明や立花宗茂でさえ徳川方につきましたからね。場合によってはそういった豊臣恩顧の武将が雪崩を打って大坂方に与する展開もあり得るんでしょうね。
たとえ単独でも、大坂方に行けば堀を埋めるのも説得力をもって絶対に止めたでしょうね。
家康はそこに行く前に清正を地元に別動隊で抑えにかかるのかなとも思います。

加来耕三氏は清正なら秀頼を説き伏せて参勤交代させ江戸幕府の一大名として残るのではないかと予想。いや、やはり並立は無理ですよ。

清正の真っ直ぐな生き方が今日でも崇拝される理由であるという番組の〆。それこそこの時代の武士が目指した生き方なのでしょう。

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