サントリー美術館 歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎 第二展示期間

#その他芸術、アート

券を頂いたので、行って参りました。

蔦屋重三郎は浮世絵関係の版元としても良く見かけますが、狂歌集などをたくさん出版していて、本人のペンネームは蔦唐丸。『箱入娘面屋人魚』は「まじめなる口上」なる文章から始まっていて、普段どれだけ不真面目なのかt(以下略
ペンネームはみな洒落ていて、酒井抱一の尻焼猿人ですとか、なかなか思い切っています。芸とあほ臭さを極めようとする、彼らの後姿が浮かびます。

百人一首は江戸時代では基本的な教養だったらしく、『どうれ百人一首』は百人一首のパロデイである『道外百人一首』の更にパロディで、お客を迎え入れる際の掛け声とかけています。
唐詩選、古今和歌集といったところのパロデイもヴァリエーションが豊富で、古典で遊ぶことが、この人たちの一大分野だったようです。
江戸時代の古典のレベルは非常に高かったそうで、パロディにするようになって初めて、人はその分野を消化したといえるのかもしれません。

ところで日本近代史上で有名な短い文学といえば、秋山真之の「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」ですけど、司馬遼太郎さんはこれを、状況を的確に表した名文としているんですよね。

「もう昭和になると江戸期のにおいはありません。ほとんど遺産は食いつぶしたようなものですね」(未公開講演録愛蔵版Ⅳ 251ページ)とあるんですけど、司馬遼太郎さんは江戸時代を非常に高く評価していたんですよね。そしてそこから何かが失われていった。日露戦争の頃には辛うじて残っていたけど、昭和の頃には既に尽きていた。それは何かと考えた時に、司馬遼太郎さんはそれは山片蟠桃に代表される江戸時代のリアリズムである、と結論を出したんですよね。

しかし山片蟠桃にしても朱子学を大切にした人で、東洋的なものを主体的に消化した後に、独創的な論考を打ち立てているんですよね。本当の意味でのリアリズムは真の文化性に支えられていると、僕は思います。

実際、昭和の軍人はそのようなものを持ち合わせていませんでしたし、個別には知りませんけど、運動全体から演繹しますと、バブルに狂奔・主導した人たちもそうだったのではないかと思います。
会社の経営者をみていっても、例えば本田宗一郎は労働を謳歌する人でしたが、ただの働き蜂ではなく、非常な高雅な趣味を持っている人でした。
最近の会社は短期的な利益ばかりを求めているといいますし、次代を担うべきIT企業の中にもブラック企業の噂が絶えません。これは真の東洋的な文化性の欠如が、大きな一因を成しているのではないかと思います。

今、冒頭の秋山の打電を、蔦重から連綿と続いてきたような、真の文化性とそこから生まれる余裕の最後の発露であった、と正しく読み直す時期が来ているのではないかと思います。
僕はもし自由に日本をデザインできるとしたら、東洋の一等国に戻したいと思っています。もしこのことを国全体で共有できれば、そこに向けた確かな一歩になると思うのです。

それにしてこの前、なんとなく書くのもあれなので、司馬遼太郎を改めて読み直そうと思ったら、ページを捲るたびに嘘ばっかり書いてあってビックリ。坂本龍馬の事を書けば英将秘訣からの引用ばかりですし、千頭清臣の作り話を事実として書いています。私小説は日本独特とか、昔の人は多くの人にものをいえなかったとか、意味不明。最近立ち読みした「武士の町大坂」にも根拠のない数字が断定的に挙げられているのを批判されていましたけど、これははっきりいってまずいです。販売を見合わせるか、どうしても売りたければ、注釈を丹念につけて売るしかないのではないかと思います。
昔に読んだ時も間違いが多いのは感じていて、だれか間違いを指摘したアンソロジーを編むべきだなー、とおもっていたんですけど、これはまずいです。

蛇足ですけど、桃太郎とはなさか爺さん、どちらがナウいか、とテレビで昔の番組を流していましたけど、司馬遼太郎は山片蟠桃はナウかった、と判定する。これが色々な場面で重層的に積み重なっていったのが、司馬文学の本質だと思う。
本当はナウいんじゃなくて、古典の流れを汲んだ、江戸時代という時代の文脈に連なる人なんです。これをその時代の相の中に還元してあげる。「古を以って古を解す」ることで本来の軌道に戻すことが、喫緊のことなのではないかと思います。

大判という大きさは蔦重が出版した礒田湖龍斎の「雛形若菜の初模様」のシリーズに始まるらしく、「丁字屋内ひな鶴」は余白の美から遠そうな、はちきれそうな女性の存在感が横溢していてらしかったです(笑)

喜多川歌麿の「女達磨図」は最近発見されて話題になった作品。衣の漢画系の(多分)力強さが、肉筆ならではで、典雅さを演出する筆勢が実力を伝えます。
この画題は英一蝶が開発したらしく、歌麿にはこの他にも一蝶が開発した画題を多く描いているそうです。蔦重の一連の活動には、一蝶・其角コンビのリバイバルという面があったようです。
江戸文化の高さを伝える画題。賛、絵と揃っていて、唸らされます。

ちなみに蔦重は脚気で死んだらしく、白米の食べすぎですかね。

『頼光邪魔入』は源頼光に斬られた人たち?がぬえというかどろろというか、パーツごとに集合して、頼光をやっつけるお話。酒呑童子の話はどうも理不尽過ぎるように感じていたのですが、同志を見つけて欣喜雀躍しました(笑)
山東京伝の代表作の『江戸生艶気樺焼』は浮気な噂をたてたいぶ男が手段を尽くすお話で、江戸のベストセラーなのだそうです。

最後に並べられた写楽の一連の作品も、こういう洗練されたわるふざけ?の当然の延長線上にあるように感じます(笑)
穏健な例として北斎と比べられるのが、なんとも異様で、生気を伝えることでは一等抜けている浮世絵群だと思います。

江戸の出版文化といいますか、蔦屋重三郎の個性が強く漂うムーブメントで、こういうものを出版させる、核といいますか、原動力を無言のうちに感じさせてくれた展覧会だったと思います。ありがとうございました。

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