東京国立博物館140周年 特別展「飛騨の円空―千光寺とその周辺の足跡―」その1

#その他芸術、アート

4月1日あたりでは、またテレビで出生前診断についていくらか取り上げられていましたが、やはり、診断しないでダウン症の子供を生んでしまった場合、まわりから叱責されたり白い目でみられるのではないか、といった問題や、他の病種に診断が広がっていった場合にどのようなことが起きるのか、という視点がなく、重要な二つの視点を欠いていると思います。

4月2日のTBSの午後6時55分頃のニュースでは東京タワーがブルーに点灯するという事をやっており、これは東ちづるさんが毎年やっているのに取材に来ない、と嘆いていたもので、やっと取り上げられたのかを思ったら、点灯のボタンを押す首相の姿が。首相のいくところばかり追いかけて放送しているのではないでしょうか。

吉田照美さんの「飛べ! サルバドール」が始まりましたけど、飛べ!総括原価方式!などといっていて、最初のほうから賑やかです。
しかしパックンが出ていましたけど、横で、飛べ!総括原価方式!と言っている時に横でなんとなくあいまいな合いの手を入れるばかり。まぁ、総括原価方式に賛成なのかもしれませんが、しっかり意見を言えるアメリカ人ではなかったんですか?!

フィフィさんは「すっぴん」を辞めることになりましたけど、他の女性陣も一緒に辞めたのですけど、フィフィさんを辞めさせたかったのが本当なんじゃないかと思うんですよね。メインキャスターは変わらず、ダイヤモンド☆ユカイさんとかは残っていますし。新たに加わった水道橋博士や吉田豪さんと比べると、そのような違いがはっきりみて取れるといえます。

言うと、こういう形で落とされる、とも言え無い状態で降板することになるというのは、とても怖いことであるといえるのではないでしょうか。

捨てる神あれば拾う神あり、ということで、新たな場所でのご活躍をお祈りしています。

フィフィさんが取り上げていたのは「三陸鉄道が部分再開 南リアス線2年ぶり」(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013040302000230.html)のニュースですけど、何故国がお金を出してやらないのか、ということを言っていらっしゃいましたが、いわずもがな、復興予算の横流し問題をみれば一目瞭然で、他の所にお金が流れたのでしょう。官僚の利得に関わる所に。

午後5時31分頃のスーパーJチャンネルは開通の話題は取り上げましたけど、クェートという単語は出てきませんでした。援助をしてもらったのだからいうべきですし、援助で建設した事を伝えることで、では何故日本のお金で開通しなかったのか、という問が生まれ、ニュースとしての価値を持つようになるのです。

同じく4月3日の午後6時頃のスーパーJチャンネルでは菅官房長官の沖縄のメディア行脚についての報道で、現地の派遣員がスタジオから、圧力ではないか、と問われると、圧力というより懐柔ではないか、政府を信じたい、圧力だとしたらむしろ逆効果になるのでは、との答え。

メディアは権力を監視するものであって、特にこのような場合、政府を信じてはいけません。それは沖縄県民の向こう側に立つことになるからです。懐柔ではないか、という事にしておけば、テレ朝は強く抗議する必要はなくなります。中立的な分析ではなく、政府と対立したくないという願望が言わせたコメントなのではないかと思います。

むしろ逆効果になるのでは、というコメントも同じで、逆効果になった、ということになれば政府を非難する必要がなくなります。沖縄と政府の大きさの差は歴然としていて、何度もその違いから辛い状況を押し付けられてきました。かえって燃え上がるという以前に、実際は異常に大きなプレッシャーを受けているのが本当でしょう。

とても中立な立場から出たコメントとは思えず、現に沖縄自身の受け取り方とはかなり開きがあるのではないでしょうか。

政府と対立してはいけないなどという考えは脳裏にもかすめてはいけない、むしろいうべきことは常にいわねばならない、というメディアとしての当然のあるべき姿を貫くべきなのです。

これにもやはり、記者クラブによる情報の囲い込み、競争相手も少なく、電波を持っていることによる利得その他諸々によって食べていけてしまう、メディアの脆弱性を感じるのです。

吉田照美さんの次の「元規制庁審議官が山形大教授に原発断層調査で資料漏えい」(http://www.kyoto-np.co.jp/environment/article/20130331000002)はぐぐっても地方の新聞の記事しか出てこないですね。
恥も外聞もなく、悪いとすら思っていない、というのが実情でしょう。そしてその眼をさまさせるには、しっかりと声を上げて責任を取らせることが必要でしょう。
それには、メディアがしっかり追及・周知させることが欠かせません。

連投を憂う乙武さんの「済美・安楽投手の連投に思うこと」(http://blogos.com/article/59308/)派極めて真っ当な主張。

以前、何でこういう事をさせるのか、という海外メディアの問いに高野連の代表が、負けを味あわせることで成長させるのだ、といっていたのが記憶に残っていますが、成長するべきは利権の拘泥し平気で選手を消耗させる高野連です。本当に悲劇と言えそうな位の磨耗で、まさに切腹ものだと思います。

アメリカではリーグ制でやっているらしく、それだと連投で磨耗することもないので、取り入れても良いと思います。
それかもしくは、投球制限や日程の工夫。夏の甲子園は季節を移すか、涼しい北海道や室内でやるなど、選手の磨耗を最大限避ける発想を根本に据える必要があります。今は逆の発想でやっているのではないでしょうか。
これは紛れもなく体罰や保育所の不足等と同じで、軍国主義の残滓だと思います。

そしてこの文章中にあるように、当然するべき批判をしないで美談調に仕上げるマスコミには非常に大きな責任があります。その報道の後ろで、故障をしたり選手生命を縮める選手がたくさんいることを常に意識して報道してもらいたいと思います。

荒川強啓さんなど、その美談調で報道していて、そのまま受け取る近藤勝重さんにも失望します。

体罰の時も同じで、傍観していて責任が非常に大きいのに、報道元であることを利用して問題として取り上げず、国民に意識されていません。今回も高野連と揉めることを回避することを優先し、同じ事を繰り返し、そんな問題などなかったかのように振舞うのでしょうか。

DASASOのニュースが一斉に流され4月3日のモーニングバードでは「笑笑」をはじめとして世界のぱくり商標を取り上げていましたが、民間の依頼を受けて、国が一括で世界で商標を取ったり訴訟をお膳立てする仕組みが必要だと思います。
訴訟で負けるリスクも高いので、民間だけに任せていては駄目だと思います。

東京新聞で、都庁のメンテナンス費がかかって大変だというニュースが出ましたけど(http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013040290070143.html)周囲の路上生活者を始め福祉諸々が足りない時におかしい神経で建てたといえるでしょう。やはりは私は復興を優先して再建されなかった江戸城本丸と比べたくなるのです。少ない資源しか使えない中で上手くやっていたのではないでしょうか。

4月4日の朝8時40分ごろのスッキリでは避難区域の特集をやっていて、他の番組でも珍しいくらいに、しっかり帰れないという事を言って、しっかり賠償するべきだ、ということを番組中でよく言っていました。
テリーさんも極めて珍しく、いつもこういう所では当たり障りのないことしかいえないんだけど、といいつつ、帰れないという事をしっかり言って、しっかり賠償するべきだ、と情熱を持って語っていました。
思い返すと東電という主語は出てきませんでしたけど。

加藤さんはたしかに、この中ではかなり不安定な立場なのでしょうけど、それでも、何か言わなければ、という雰囲気を、言わないながらもとても醸しています。ただやはり、このように自由に意見をいうことができないテレビ局の環境はとても問題だと思います。

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