戸栗美術館 古伊万里金襴手展―元禄のきらめき―前期 その7

#その他芸術、アート

行って参りました。

伊万里で鑑賞が楽しいのはやはり金襴手だと思います。染付の絵付けの技や柿右衛門の清廉な佇まいも素晴らしいですが、目が楽しいのは金襴手でしょう。

特別展示のコーナーでは「色絵 横綱土俵入文 皿」が稲妻雷五郎の土俵入りを描いたもので、国貞の浮世絵の写しであるとのこと。足指の輪郭まで金で縁取られていますが、後で聞いたところによると、金で輪郭を取るのは日本の金襴手の特徴なのだそう。

普通に立っているのかなと思ってしばし見ていたのですが、よく観ると右足が曲がりながらも腰の上まで上がっています(!)。立っているが如く体幹が直立した四股で、ようつべで観られる常陸山などが踏んでいる古式の四股です。それにしてもこの体格でバランスが良い。

今の足を高く上げる四股は玉錦という人が開発したらしく、無駄にアウターマッスルに力が入って関節を痛めやすいと思います。テーピングをしている力士の方は多いですが、伝統から外れた理に適わない稽古を沢山やらされて身体を壊されたのだとしたら、とても理不尽なことだな、とそういう方を観るに付け思います。

古式の四股はまさに反閉で、当時は今みたいに権威付けでうるさく神事だとは言わなかったのでしょうけど、自然に古来の日本の精神風土を受け継いだ動きをしていたといえるでしょう。

稲妻雷五郎はやはり、肚が凄く闘気がすばらしいです。

解説のお姉さまは相変わらず物凄い美人。この日は眼鏡をかけていて、中国の陶磁との比較を示すために、小さな身体で大きなスケッチブックを抱えている姿がもえもえです。

ところどころ日本語が中国語なまりになっていましたが、そちらのほうでのお仕事が多いのでしょうか。解説の、文様などを手がかりに、文化論や社会情勢に展開する手際が鮮やかで、とても頭の良い方です。

ただ足のラインは完璧というわけではなく、解説中モデルのように交差させて立たれていることが多かったです。アナウンサーでもこれをやる人は多いですけど、報ステの青山さんのようにラインが綺麗だとやる必要がないんですよね。下半身のケアをもっとすると良いと思います!
あとは発声ももっと豊かなものになる余地があるとおもいます。

以下勘違いや書き漏らしもあるかと思いますが、その講義をもとに。

今回目立つところにに飾られている「色絵 五艘船文 鉢」は極めておめでたい雰囲気で、裏には寿と書かれています。
青が良く使われていますが、これは釉下彩なので落ちることはないのだそう。表と裏の向きが対応していなく、伊万里に良くあるように適当であるとのこと。

「色絵 鳳凰文 鉢」のあたりの作品は同じ形なのですが、注文主の意見によってデザインを変えているらしく、お金がない人のものには白地が多く残されているとのこと。

この前「たけしのミカタ」で西陣を世界に売り出そうという人が、自分が売りたいものを売っても駄目だった、注文主の意見に合わせたものを作らなければいけない、といっていましたけど、いつの時代も同じでしょう。伝統産業ですが、当初の売り出し方は伝統から外れていたといえるでしょうか。

金襴手の特徴は小さな模様をこちょこちょ描くところだとのこと。

「色絵 牡丹文 水注」は金属製の水注の模倣であるらしく、取っ手の部分の金具は金属製だと必要なのですが、焼き物では必要ではなく、飾りになっているとのこと。

「五彩 纓絡文 水注」は景徳鎮産のもので東南アジアで人気があったデザインであるとのこと。
金がはげていますが、それは古いのもあるのですが、中国の金襴手は金を切って張っているからはげやすいのだとのこと。日本のものは金を膠で溶いた金泥を使っていて、鮮やかに残りやすいのだそうです。日本の金襴手は中国のものを参考にしながらもあくまで日本の金襴手なのだということを強調されていました。

「色絵 琴高仙人文 鉢」は中国ではそれぞれの様式で使われる模様がすべて詰め込まれているとのこと。また輪郭線を金で描くのが日本の金襴手の特徴であるとのこと。金泥を使うとやりやすいのかもしれませんね。

琴高仙人は鯉にまたがって龍を捕らえに行く伝説の仙人で、いまいちぴんとこなかったのですが、この前テレビで中国の鯉が映っていてびっくり。大きく活発でびょんびょん跳ねていて、これが鯉なのかと驚きました。あのような鯉がいるところであれば、このような説話が思い浮かぶのは自然なことともいえるでしょう。

「色絵 壽字唐花文 鉢」は清の磁器の影響を受けていて、同時代の中国のものも参考にされていることが解るとのこと。

「色絵 鳳凰丸文 八角皿」は明末清初手の影響を受けているらしく、普段は表と裏でデザインがばらばらの伊万里が、しっかりと対応して描かれています。これは中国の焼き物を模倣しているから、その影響が出たのだろうとのこと。

「色絵 壽字魚藻文 鉢」は中国の古赤絵の影響があるのだとのこと。

金襴手は型で作った型ものが多いらしく「色絵 荒磯文 鉢」はその中でも代表作であるとのこと。型で作ったというと今日では大量生産ということで安いのかな、と思われますが、当時は型で作る技術は難しかったらしく、逆に皆高級品であるのだとのこと。

金襴手は多いのかもしれませんが、全般として型ものは、やはりマイセンなどと比べるとパーセンテージ的にはかなり低いのではないかと思います。なんでも食べ物でも「食の世界地図」((文春新書)
21世紀研究会 (編集) 186ページ )という本によると、西洋のパスタがところてん式に型で押し込んで成型するのに対して、日本は麺に型を使うということが無いのだとのこと。中国には小麦以外ならそのようなものがあるそうです。

絵画であるとか音楽であるとかと並べて比べると、形を重視する西洋と、素材の内発的な力を生かそうとする日本、という対比が出来るように思います。
もしくは何か周囲にある材料の違いもあるのでしょうか。

次の「色絵 荒磯文 鉢」(名前が同じだとややこしいですね。やはり、お皿の名前のつけられ方はこういった分類の面からだけ観ても改善の余地があるように思います。)は縁が模様に即して変化させられている変わった鉢で、3分割されたお皿にそれぞれ違う模様が描き込まれ、それが外側にせり出すような形で縁の形も3分割されています。

「色絵 龍唐草文 片口」は爪が無い中国では格式の低い龍が描かれているのですが、堂々とした力作で、そのようなことは気にしていなかったのではないかとのこと。日中の龍に対する感覚の違いが窺われるとのこと。

「色絵 雲龍文 鉢」はゆるきゃら系のかわいい龍で、こういったもののデザイン見ていると、日本人はそういったかわいい物が昔から好きだな、と感じられるのだとのこと。

「色絵 獅子根菜文 鉢」は大根の後ろに隠れるように人参が描かれているのが意味ありげで、何かあるのかなとしばし考えたのですが、何も浮かばず。大根は大黒の意であろうとのこと。

「色絵 瑞獣文 鉢」は裏がお金を模していて、そのまわりには字が書いていますが、判読できないものもあり、中国のものの模倣でなんとなく書かれたものだろうとのこと。北斗七星が描かれたお皿で、当時の天文学が窺い知れるとのこと。

「色絵 弓破魔皿」は破魔弓破魔矢が描かれた非常に特殊な作品で、日本ならではのおめでたい意匠です。有田に注文して将軍に献上した特注品ではないかとのこと。そういうルートもあった模様。

鍋島と有田焼は模様が基本的にかぶらないのですが、名工がいると有田から引っ張ってきたり、やっぱり技術が未熟だと思うと元に戻したり、といった人材の交流があって、似たところは出てくるとのこと。有田の在野の窯の中でも最有力なのは柿右衛門窯だったらしく「色絵 石畳蔓草文 皿」などここのコーナーの作品は鍋島や柿右衛門の様式と折衷的な金襴手で、柿右衛門が鍋島藩主に献上したものではないかとのこと。

次のコーナーは輸出用の金襴手で、従来は柿右衛門などを輸出していたのですが、明と清との交代のどさくさで輸出を停止していた中国が再開し、マイセンなどが開窯すると売れなくなったらしく、バロック趣味に合わせた豪華な金襴手にシフトしたとのこと。実は脆い土を使って作る柿右衛門より金襴手の方が作りやすかったらしく、さらに輸出された金襴手は部屋にはめ込まれて飾られるので、遠目から鑑賞されることになり細部を丁寧に描き込まなくても良かったのだそうです。ただ戸栗美術館のコレクションを築いた戸栗亨さんはしっかり描き込まれた金襴手を好んだとのことで、当美術館のコレクションは参考にならないとのこと。

「色絵 草花文 皿」の様に輸出用になると目跡が大きくなり、安く上げるために三色しか使われないのだとのこと。「五彩 花文 稜花杯・托」は清の焼き物の影響を受けているとのこと。

「色絵 花卉文 輸花皿」は裏の印に絵が描かれていて、そういうものもあるのだそうです。

やがて中国との競争に敗れて輸出を停止すると、有田は国内向けに染付などを作るようになり、「色絵 蛸唐草山水文 長皿」と「染付 蛸唐草山水文 長皿」ともう一つの「染付 蛸唐草山水文 長皿」はそれぞれ同じ意匠ながら、色絵は金襴手で後は染付。金襴手のものは染付のものとは青が違い、最初から金襴手として作られたものだとの事。

さらに一九世紀初頭になると、瀬戸や京焼といった所で磁器が焼かれ始め、伊万里は差別化のために高級品を作り始めたり、また輸出を模索するようになっていったらしく、「色絵 菊梅文 蓋付壷」など以前の輸出品と比べると帽子が小さかったり様式が異なり、これがそのままジャポニズムへと繋がって行くのだそうです。

最近はカッコつきの「鎖国」として語られる江戸時代ですが、それでもダイレクトに世界との繋がりを感じさせてくれる江戸時代展は少ないです。
しかし、伊万里を通して観た時に、西洋・中国との繋がりがとても濃く、現代の世界状況と比べて違和感がありません。そんな中で品物を糸口に各国の特色や歴史が浮かび上がる、素晴らしい展覧会だったと思います。ありがとうございました。

この日は代々木公園でタイの日をやっていて、もの凄い数のタイ料理屋の屋台がひしめきあっていてびっくり。全国から集まってきていたようで、私が食べた所は静岡から来ているみたいです。グリーンカレーがとてもおいしかったです。

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