白隠展 HAKUIN 禅画に込めたメッセージ 後期 その2

#その他芸術、アート

「目一つ達磨」には「自らの宗祖をこんな像容にしてしまうのは空前絶後」と解説にありますけど、釈迦に会っては釈迦を殺し、という言葉があまねく知られているような禅宗でそこまで奇異な絵だとは思いません。

江戸時代の人物を研究する研究家は「江戸時代やその時代の思想は固陋なものであったが、私が研究する○○という人物だけはそこから突き抜けていた」といったような研究成果を発表することが多いですが、そういった事を繰り返していないで、江戸時代自体が大きく柔軟性を秘めており、その思想も自由で深淵なものを含んでいたことを率直に見詰めるべきだと思います。

もちろん白隠は反骨の美徳の持ち主であり、それは衆に抜きん出ていたであろうことは異論がありません。

逆に、「46大黒天」の賛にあるように白隠は「君に忠、親に孝」という事を重要視していたらしく、そういう伝統的な価値観を白隠が語るときは解説者の賛美の勢いは潜むようになります。ここで語られる忠というのは、江戸時代の武士に多く観られた様に国の事を考えて死を覚悟で主君をいさめるようなものを含む忠であり(「江戸武士の日常生活 」(講談社選書メチエ)柴田 純 (著) )、白隠がここで語っているのはさらにその理想的な形だと思われます。こういう言葉にこそ白隠の精神性の真髄が込められているとも思うのです。

この「目一つ達磨」の、賛は判別できない所があるらしく、他に解説があるものでも良く読めたなと思うようなのが結構多いです。

「22半身達磨」には「このつらを祖師の面と見るならばねずみを取らぬ猫と知るべし」とあって「偶像化された達磨を奉るようなやつはろくなもんじゃない」といういみであるという解説がありますが、偶像化というよりむしろ記号的な反応。達磨っぽい仕立てで書くと達磨であるとみてしまう凡夫の見方を戒めているのであって、夜中に縄を蛇と間違えてしまう仏教説話に似たもの感じます。権威主義の否定というのもあるのかもしれませんが、そういう要素もあるように思います。

釈迦に会っては~の言葉も釈迦を尊敬しないわけではなくて、釈迦である、という記号的な見方で釈迦を観てはいけないという意味も強いと思うのですが(なので一度殺す)、この絵にも同じようなことがいえるでしょう。

「煙管」は遺愛の品らしく、愛煙家で弟子に諌められていたのだそうです。

先輩の名僧を描いた三幅対では「雲門」が莞爾と笑い「臨済」は右手が黒く凝縮しています。
「達磨」は相変わらず目力が凄まじいです。

目力が凄まじいのが白隠の絵の一番の特徴の一つで、実際に自分の身体で試してみると分かるんですけど、目力を発揮するためには肚の支えが必要なんですよね。胆力の表現の一つともいえます。

芸能界はどちらかというと派手だったりふざけた感じの方が仕事になるので、どしっとした下丹田系の精神は余り必要ないようにも思うのですが、たまに胆力もあるタイプの人もいて、たとえば木村拓哉などはそこそこ良い肚をしているように思います。

だから彼の歌は上手いようなんですけど、腹式がメインであるが故に、あまり情緒的な華が無いんですよね。この年になってもアイドルとしてアップの広告が駅に張ってあったりするのも凄いと思いますが、胆力を支えとした目力というのがかなり効いているように思います。

不安定な社会で生きていく上でも、精神も安定するので、肚もたまには意識して鍛えてみるのも良いのかもしれません。

女性だったら、吉永小百合さんとかがしっかりしていると思います。

ほかの業界では、将棋界では大山康晴十五世の下丹田が非常に強力。後継の渡辺竜王も確りしている。羽生さんはあんまり強くない。ここら辺は改善個所でもあるしタイプの違いとも言えます。

今回は三幅でている「大燈国師」は白隠が好んだ画題で以前の展覧会でもみかけました。20年乞食に紛れて修行をしたという人で、そういう中でこそ磨かれるというのが禅の基本的な思想です。

なので禅は本来そういった格式とは無縁の世界で、白隠さん自体もかなりローカルなお寺出身なんですが、大成した後は本山でも厚く遇されたらしく、このように人材を吸い上げるシステムがあったのが素晴らしいと思います。

江戸時代は他の分野でも、例えば幕末の志士たちは総じて身分が低く、その中で抜擢された人達なんですよね。それと較べて現代は本当に例えば政治など重要な分野に人材が集中しているかというと極めて疑問で、仕組みとして進んでいるはず(?)なのにこのギャップはなんだろうか、と考える事は非常に重要だと思います。

結局は人間本位の価値観があって、抜擢するシステムと、抜擢する人に観る目がある人が多かったということなのでしょう。

「自画像」は正式な自画像らしく、目が見開いて肚が落ちています。

芸術と胆力。禅といえば指揮者ではチェリビダッケが有名ですが、どうも彼の禅は本格的なものだとはファンの間にも受け止められていない傾向があるんですよね。私もどうも雰囲気禅の様な気がします。

J.S.バッハ マタイ受難曲 鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパン
つるっとしてしっとりとしたバッハです。一見矛盾しているようですが、稲庭うどんの様だ、と例えれば纏るかもしれません(^_^:)激した所が無く綺麗で、微妙にチェリビダッケの音に似ている様な気がします。バッハコレギウムジャパンが世界的な名声を...

それは何故かというと、実はチェリビダッケは肚が無い。禅はひたすら丹田呼吸をして肚を鍛えているというのが一側面ですが、チェリビダッケには肚がないので、なんとく素人でも傍目から観て雰囲気だけなんじゃないかという感想を持つんじゃないかと思うんですよね。

逆に陶酔的な音楽を作り出して、下丹田的などっしりとした要素を嫌うのがチェリビダッケの特徴といえます。ヨーロッパの指揮者で肚が強いのはクナッパーツブッシュやクレンペラーですが、チェリビダッケがクナを嫌っていたのは、自分の音楽を破壊しかねない存在だからだと思うんですよね。福島章恭さんがクナを「破邪の音楽」と呼んでいましたけど、そういう陶酔的なものに対するアンティテーゼ的な音楽であるという所を捉えたものでしょう。「意識と本質」(井筒俊彦著)にサルトルの「嘔吐」の話が書いてありますけど、チェリビダッケのクナに対する反応はこの「嘔吐」に近いものだと思います。

そしてわが国で肚が強かった指揮者は朝比奈隆で、チェリビダッケが好きな評論家が朝比奈を嫌う傾向にあるのは、こういったことが背景にあるのだと思います。

加えて言えば、確かに日本は肚を重視した文化で、西洋と対比できるのですが、かつての戦前から戦後まもなく位に活躍した欧米の指揮者をみていくと、クナなどに限らず一応それなりにみんな肚があるんですよね。フルトヴェングラーなども普通に強い。

だから許光俊は、録音が古いから、といってヒストリカル録音に対してはっきりとした言及を避けますけど、こういった理由で、結局解らないから触れないのだと推測できます。

戦後どんどんそういった面がレヴェルダウンして、また肚が無い評論家がそういった演奏を誉めそやすんですよね。なのでどんどん演奏のレヴェルが下がって行って、結局はヒストリカル市場が活況を呈する今日のような状態になっているという。

さらにおまけに現代を切り取って、西洋文化の文脈に肚が無いかのように創作して、西洋の勝手気ままな文化にくらべて、日本の肚の文化が罪悪のように言い立てるのですよね。

そしてこういった負の循環は、音楽界だけで起こっているものではありません。戦後の西洋に対する依存的なあり方の中で普遍的にみられたものです。

そういった思潮もあって、本来は肚を持つべき各界の代表者にまったくそれがみられない状態で、本当に困ったものだと思います。原発事故などが起こっても誰も責任を取れないのは、こういった事のひとつの表れと言えます。

「布袋開解」はゆるきゃら系で、外側だけではなく内側にまで「壽」が満ちているのが示されます。そっちの方向で一番有名な「42すたすた坊主」をみるのは板橋以来。すたすた坊主というのはいわゆる代参をする人で、最近では四国八十八箇所を他の人の代わりに車で渡るという職業があるそうですが、現代のすたすた坊主といえるでしょう。愛嬌で劣るかもしれませんが。
自画像でもあるだろうといわれていて、娑婆の世界と神聖な世界を繋ぐ役はまさに白隠の仕事でしょう。

カタログには白隠のゆるきゃら系の作品について教えとどう結びつけるのか試行錯誤が続いている、とありましたが、とくに悩むことでもないと思います。
禅と笑いについては仙厓さんのコレクションを擁する出光美術館が良く取り上げていて、そのように悩まずに禅宗の歴史の上からも自然なことあると結び付けています。

精神医学、スポーツ医学の最新の研究などを参照すると、伝統的に禅で笑いが重要視されていたことが、優れた伝統であったのだと、自然に納得できると思います

「布袋」は「さるところの八十二歳のおやぢ」という署名が入っていて、ユーモアがある、というか、禅僧らしい自己認識といえます。

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