「アニュス・デイ(Agnus Dei)」はこれだけで一大叙事詩のような内容。
最初は、キリストの死を描写し、人類の罪全てを背負い込んで処刑されたことを、(愛の大きさに打ち震えつつ)悲しむ曲調。
「ミレーゼ(哀れみたまえ)」とひたすら沈痛に合唱の重なり合いが続き、さながら葬送行進曲の合唱版。当然ながら宗教的な切実さはそれを上回ります。
しばらくすると「Dona nobis pacem(安らぎを与えたまえ)」と連呼する安らかな曲調に。
ベートーヴェンの人生を思う時に「安らぎを与えたまえ」という言葉を聞くと涙せざるを得ません。
その崇高な平安さを抜けると、悲しみを孕みつつの激しい曲調に。
ここでは突然ピアニッシモになって再びフォルテに戻る場面が何度か出てきますが、もっと強調して効果的にできそう。ただ、それだと厳粛な雰囲気にそぐわないのかなぁ。
Wikipediaにはこの部分は戦争を描写しているといわれているとありますけど、そうだとすれば多少劇的にやっても良いでしょう。
ベートーヴェンらしく時々音楽が突撃しそうになりますが、あくまで教会音楽なので踏みとどまります。
さらに進むと、平安で力強い曲調になりクライマックスに。再び「Dona nobis pacem(安らぎを与えたまえ)」が繰り返されます。「安らぎを与えたまえ」というと神と個人との関係を連想しますが、ここではより大きく平和を祈念しているといわれているらしく、その社会的なスケールがベートーヴェンらしいです。
美しい余韻を残して曲が結ばれます。
壮麗にして荘厳な、曲であり、演奏会でした。
アーノンクールは曲の躍動感を生かすのがあまりうまくない指揮者で、そういう意味では躍動感が邪魔になりかねない合唱の宗教曲には向いている。合唱の処理は上手いと思う。
ただそれでも躍動感がもっとほしいところはぽつぽつとはありましたね。
そういう意味ではあまり指揮者の個性が積極的に反映された演奏ではありませんが、普通に演奏しても感動的なのがベートーヴェンであり、その十分な役割をアーノンクールは果たしたと思います。
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