(耕論)安倍談話の歴史観 成田龍一さん、李元徳さん、久保亨さん その2

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「(耕論)安倍談話の歴史観 成田龍一さん、李元徳さん、久保亨さん」(http://www.asahi.com/articles/DA3S12009071.html)では

ただ、忘れるべきでないのは、司馬の考えが時代によって変化していたことです。

と「変遷」とありますけど、司馬遼太郎さんは、自分は昔はこう考えていたけど今はこう考えている、といったことを言わないんですよね。だから「変遷」といわれても違和感がある。これを言わないことだけで非難に値すると思う。

他にも、考え方をいろいろ引っ張ってきているんですけど、そういうものの出典を記さないのも特徴。

あそこではこう書いたけどあれは間違えだった、というのも無いんですよね。あれだけ著作を書いている人でそういうのが無いのは逆に信頼性に欠けます。

もう一つの弱点は、植民地の問題に視線が及んでいないことです。「坂の上の雲」には台湾や朝鮮の植民地化がほとんど出てこない。安倍談話も「植民地支配からの訣別(けつべつ)」は強調しても、誰が植民地化したのかには触れない。日本が加害者だという視点が希薄な点でも共通しています。

とのことでやっぱり植民地に対しての視点が皆無なのは極めて問題です。虐げられているものに対する共感、というのは司馬遼太郎さんの仕事全編を通して感じないものですね。

対談では、私は権力者の側から書くことが多くあなたは市民の目線から書くことが多いがそれは書き手の性質と関係が無い、ということを言っていましたけど、司馬遼太郎さんの場合そうとは言えません。

いわゆる英雄的な人だけを書くのではないということで、

司馬遼太郎は(中略)そういう人間を描いていました(中略)偉くなっても腐らない人だね。(「日本人は何を捨ててきたのか: 思想家・鶴見俊輔の肉声」(ちくま学芸文庫) 鶴見 俊輔 (著), 関川 夏央 (著)304ページ)

という見方もあって、確かにそういった所は良さともいえるんですが、司馬遼太郎さんが励ましたのは地味だけど光るとか、あくまで「草莽」的な人たちであって、いわゆる弱者に対する眼差しは無かったと思います。

「義理など夢にも思うことなかれ」という英将秘訣の記述を坂本龍馬の言葉として紹介して、なんと素晴らしい言葉だろう、と褒めたたえたのと繋がることで、こういった所は戦後的な商業性と結びついているのも見逃せません。

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