行って参りました。
この日は韓流スターが来ており吹き抜けの一階ではおばさまたちが待機。誰が来ているのですか、と一人のおばあさまに聴いてみると、サ何とかという人なのだそうです。
一番最初においてあった「浮線綾螺鈿蒔絵手箱 一合 鎌倉時代 13 世紀 サントリー美術館」はこれでもかと花が詰め込まれている螺鈿細工で――――珍しいと思うんですけど―――薔薇などもありました。
次に置いてあったのは「紫文要領 稿本本居宣長著二冊江戸時代 宝暦十三年(1763)」など本居宣長の一連の論考。源氏物語が仏教的、儒教的、教訓的に解釈されていたのを「もののあはれ」という側面から解釈したのが宣長であるとのこと。
人に質問をされてその解に辿り着くまでの生々しい手記が展示されていました。
源氏物語も徒然草も帝王学を伝授するために書かれたという説がありますが、そういった感じのためにかかれたのでしょう。ただそこには自然に書いた人の特長なり時代の精神が表れるもの。
自然に展開してきた日本の文化を改めて見直して、自画像から特徴を見出すように解釈し直したのが宣長であるといえるでしょう。
また「もののあはれ」とは、うれしき、かなしきといった事を弁えることであるとのこと。感受性についての言葉であり、関係性についての言葉であり、それは身体的な言葉だとも言えるでしょう。
この前に引用した井筒俊彦さんがいう「主客を共に含む存在磁場に対する意識の実存的深化」であって、白川静さんがいう「直観的に本質に直入する」ことであって「抒情」であると思います。
そういう風に観ていくとこの「もののあはれ」こそが今の日本に一番欠けているものではないかと思うのです。
ただ、ここから「もののあはれを人々に深く知ってもらうために紫式部があらわした物語」ということに源氏物語がなるのだそうですが、そういう要素が強かったとして、それはあくまで潜在的なものではなかったか、という事を踏まえる必要がある様に思います。
「四季歌意図巻 鈴木其一筆 四巻 江戸時代 19 世紀細見美術館」は物凄い横長の巻物ですが、写実を重んじた其一の感じが良く出ていて、洋風表現っぽい所もあるのかもしれません。西洋の風景画をみていて思うのは空がだだっ広いことで、日本の広重とかですと、視点をずらしたりちょっとデフォルメしたりで、だだっ広い空が広がるということは、余りないんですよね。
其一のこの作品は写実的で洋風的な地面の薄さがありながらも、横長の巻物を採用することで、その空の部分をカットしているような印象を受けました。
「田毎の月図鐔 銘西垣永久七十歳作之 西垣永久作 一枚 江戸時代 18 世紀永青文庫」は月を象った鍔で、左下の良く分からない穴は池を表しているらしく、フレンドリートークで学芸員の方と思われるお姉さまが解説されていましたが、これはいわれないと分かりません。
この日はフレンドリートークなる解説をやっていて、月や四季の意匠について解説。非常に明るい声が印象的な、スーツ姿に愛嬌のあるお姉さまでした。
いきなり出てきた「月夜山水図 長澤芦雪筆 一幅 江戸時代 18 世紀頴川美術館」は有名な芦雪の晩年の傑作。
たらし込みで月の輪郭線を消しており、朧であり、幽玄の極み。近景は濃く、遠景の末はシルエットの様に描き出されます。
北斎の「神奈川沖浪裏」のような完成されたデザインで、師匠の応挙が得意としたといわれる、幽霊画のような趣もあります。
たらし込みは滲ませて境界線を作ることで、輪郭線を描きこむ事を避け、実在感を出す琳派に特徴的な日本独特の技法ですが、ダ・ヴィンチが使ったという点描と、境界線を消して実在感を出すという狙いにおいて同じものであるといえるでしょう。
「萩薄蒔絵硯箱 一合 江戸時代 17 世紀 京都国立博物館」も凄い出来で細かく柔らかです。
この次のフロアは展示品ではなく、新月・十六夜といった月の種類と日本での受容のされ方のパネル展示が。
十六夜を好む日本独特の感性などにも触れられていて、とても面白かったです。
子供が三日月を書くのはこの月が子供が起きている時間帯に見えることが多いから、ですとか、下弦の月が日本美術で描かれることが多いのはちょうど月見のできる時間帯に出ていることが多いから、といった生活に即した容易に解らないことが書かれていてとても勉強になりました。
またその下のフロアに降りると季節ごとの代表的な花や虫の写真が展示パネルで。また吹き抜けの上からは虫の音が常にBGM代わりに流れており、これも素晴らしい展示アイディアだったと思います。
日本は水の国ともいえますが、和風を基調としているサントリー美術館は、床もウィスキーの樽材を再利用しているそうですが「水」的な美術館で、その特徴は流動的。展示品も展示品展示品していなくて、良い意味で境界が曖昧な感じで、柔軟です。そういう面では都内では一番進んでいる美術館でしょう。
東京国立博物館ですとか持っているものは良いのですからこういう展示品から離れた展示をやれば一層の効果を上げられると思うのですが、やはり悪い意味で公務員的だということでしょうか。
「春秋花鳥図屏風 土佐光起筆 六曲一双 江戸時代 17 世紀頴川美術館」は桜が美しい雅な屏風で、右隻の桜と左隻の紅葉が、実に鮮やか。土佐光起は江戸時代に大和絵の土佐派を復興させた人ですが、そういった宣長的な日本の再解釈の意味もこの絵の中に込められているのかもしれません。
「色絵桜楓文透鉢 仁阿弥道八作 一口江戸時代 19 世紀サントリー美術館」「色絵桜楓文鉢 仁阿弥道八作 一口 江戸時代 19 世紀」といった器もとても艶やかで品があります。
そもそも「もののあはれ」というテーマがすでに水のように不定形で、日本美術の名品を並べればお題に適う所が合って、サントリー美術館の名宝が無造作にずらりと並べられているような趣もあります。
「色絵牡丹蝶文捻花形大皿 肥前・有田一枚 江戸時代 17 世紀 サントリー美術館」は博物的な感じで花がどんと描かれた変わったデザインで、中国の画譜を参考にしているのだそう。
「色絵龍田川文皿 肥前・鍋島藩窯 一枚 江戸時代 17~18 世紀 サントリー美術館」は鍋島ですが、何でも中島誠之助さんのところに持ち込まれる鍋島はほとんどが贋物であるとのこと。この前も鑑定団で贋物だといっていましたが、本物は良い弁柄をつかっていて、赤が全然違うとのこと。本でも、良く分からないけど分かる、絵付けが弱い、と書いていましたけど、確かに雰囲気がだんだん分かってくるもので、本物は色が落ち着いているんですよね。
こうやってみていくと、プリントのものなど鍋島は日本の雑器の雛形になっているなというのを感じます。そういう中で似たようなものが量産されているわけですが、オリジナルはやはり一味違うといった所でしょう。
「さつき 菱田春草筆 一幅 明治39 年(1906) 大倉集古館」は垂らしこみを多用した作品ですが、たらしこんでいますと分かってしまう所が甘いでしょう。
「能装束 紫陽花模様縫箔 一領 江戸時代 18 世紀 サントリー美術館」は平安時代などには使われなった紫陽花がデザインされているのが、この時代ならではとのこと。
「萩螺鈿鞍 一背 平安時代 12 世紀 東京国立博物館」「秋草蒔絵見台 一基 桃山時代 16 世紀 東京国立博物館」「秋草蒔絵楾 一口 桃山時代 17 世紀 サントリー美術館」「秋草蒔絵角盥 一口 桃山時代 17 世紀 サントリー美術館」など螺鈿工芸はどれも名品揃いで「薄蝶螺鈿蒔絵香枕 一基江戸時代 17 世紀 サントリー美術館」も蝶の意匠がまさに「もののあはれ」です。
「五節句蒔絵手箱 柴田是真作 一合 明治時代 19 世紀 サントリー美術館」も相変わらず絶品で緑に光る螺鈿で瓢箪を象ってあり、さり気無く描かれている蛍のおしりにもぽつんと緑の螺鈿が光っています。
「浜松図屏風 六曲一双 室町時代 16 世紀 東京国立博物館」はかなり落剥していますが、相当な名品であることが伝わってきます。
「銹絵染付金彩薄文蓋物 尾形乾山作 一合 江戸時代 18 世紀 サントリー美術館」など武蔵野を題材にしているものも多く、今でいう高尾山感覚でしょうか。
「朝夕安居 鏑木清方筆 一巻 昭和23 年(1948) 鎌倉市鏑木清方記念美術館」は風俗画ですが、雰囲気が会ってかなり良い出来。
最期は「名所江戸百景 亀戸天神境内 歌川広重画 大判錦絵 江戸時代 安政3 年(1856) 公益財団法人 平木浮世絵財団」など広重の浮世絵が並んでいましたが、これを始めどれも非常に状態が良く感動的。厳選すれば違うのかもしれませんけど、太田記念のは少し褪色しているのが目立つ傾向がありますよね。
「東都両国夕凉之図 歌川貞房画 大判錦絵三枚続 江戸時代 19 世紀公益財団法人 平木浮世絵財団」は橋の上でひしめき合う熱気が伝わって来る作品で、風俗資料的な価値も高そうです。
「甲陽猿橋之図 歌川広重画 掛物絵判錦絵 江戸時代 19 世紀公益財団法人 平木浮世絵財団」も初めて観ましたが、これまた完成された構図の傑作。高い橋の下に月が出ている構図に、洒落た感覚があります。
「あはれ」とは今でいう「やべー」であるとか、感嘆詞であるといいますが、展示会場を出てグッズ売り場に行ってみると、うちわが一本5500円もしたので思わず「やべー」と心の中で感嘆。
もののあはれという容易に掴み難そうな言葉を名品をもとに解りやすく丁寧に解説されており、日本文化を概括できるような筋の良い展覧会だったと思います。ありがとうございました。
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