行って参りました。
御伽草子とは本来江戸時代の大坂の渋川清右衛門という人が出した出版物のシリーズ物の名前らしく、後に物語全般を指すようになったとのこと。
最初に爆笑を誘っていたのが「掃墨物語絵巻」で、女性客ががらげら笑って過呼吸になりそうな感じでした。内容は引用するとひとつひとつ長くなりますので、ぐぐって欲しいのですが、日本文化を明治以後の軍国主義的なフィルターで未だにみてしまう人には是非みてもらいたい作品群です。
絵巻としても極めて優美で、驚いて逃げる僧侶の姿は秀逸の一語。あたふたして身体がばらばらな感じで前傾し、足の五指は上を向いています。手は開いていて歌舞伎にありそうな形で、恐らくこれは当時の人の日常動作だったのでしょう。
「福富草子」の前でも息を殺して笑っている人がおり、これは江戸期の滑稽文学の祖先なのだと思います。
レオナルド・ダ・ヴィンチ作のコントとかありますけど、現代人がみると意味不明で、昔の人が今の人を笑わせるというのは大変なことだと思います。古典として定評があっても、戦前はおろか、昭和の名作とされるコントでも、今みてまったく笑えないものばかりですからね。
酒呑童子の絵巻が多く、その異形の風貌から横の人は、外国人を描いているのかしら、といっていましたけど、新説です。NHKの「歴史発見」で永井豪をゲストに迎えて異民族ではないか、という話をやっていたみたいですが、そこら辺に落ち着くのでしょうね。
歴史的には武士の力を誇示するような意味があって流布していたようです。
「お伽草子と下剋上」のコーナーでは南北朝や戦国時代といった戦乱の時代にお伽草子は良く作られた、ということが書いてあり、白川静さんが良く、秩序が崩れた時に詩が発達する、と仰っていましたけど、お伽草子もそうした文学的な衝動を背景にしているのでしょう。
「法師物語絵巻」も爆笑を誘っていた絵本で、笑いが止らない人がちらほら。何でも拾う小僧をそういうものは踏んで行くんだと和尚が諭したところ、落馬した和尚が小僧に踏みつけられて立ち上がれなくなってしまったという話。
物を大事にするべきだというような意味が込められている説話なんですかね。
「地蔵堂草子絵巻」は色々あって大蛇になってしまった僧が最後には元に戻ることが出来たという話ですが、元に戻った時の安堵の表情が秀逸です。
「物ぐさ太郎」は「刀狩」(藤木久志著)という本の121ページにかなり暗い成立の裏面をちらつかせる文章がありますが、この展覧会の解説によると、そもそもは「のさ者太郎」がもとであって、のさ者というのは一種のアウトローらしく、屏風には乱暴狼藉を働いている描写が。
「しぐれ絵巻」は二重で少女漫画風の異例の表現で、どうも筆者は28歳の女性であるもよう。
お伽草子は何故か無理矢理とってつけたように清水寺が出てくるものが多いらしく、その登場率は全体の一割、その信仰の集め具合は当時絶大だったとのこと。「清水寺参詣曼荼羅」はその色々な人がたくさん集まり過ぎて曼荼羅状になっているのを描いたもの。
「雀の発心草子絵巻」は雀が百歳まで踊念仏をして大往生するという内容で、かなりの長編。踊念仏が現代では廃れてしまっているのは非常に惜しいと思います。
カタログによるとレオナルド・ダ・ヴィンチが活躍した頃、日本には雪舟や狩野元信がいたが、彼らよりも同時代の人気は土佐光信の方があったらしく、お伽草子の絵は土佐派と密接な関わりがあるとのこと。確かに土佐派の大和絵は絵巻物で映える感じはありますよね。
「付喪神絵巻」は非情成仏説なる説と結びついているらしく、恐らく人がものに心を感じた後に説としてとりあえず形にしたものではないかと思います。
物を大切にする事を説く、というと教条主義的になってしまいますけど、そのまえに物の心、重みというものを感じることが主眼でしょう。そういうものを自然に感じ取る、という面からもこういう絵巻は精神的に優れた産物だと思います。
作品78番の笙のお化けとかあって、ユーモラスな表情が親しみやすいです。
似たような「百鬼夜行絵巻」では79番の重要文化財のものが最古の作例らしく、内容も極上。極めて動的で創造力豊かな筆致で最後の正体不明のぼんやりした赤玉の不気味な存在感は圧倒的。作者の力量は相当なものだと思います。
付喪神系の「百器夜行絵巻」は原本が室町時代の江戸時代の写しで、祭礼をのびのびと描いて優れています。
「三十二番職人歌合絵巻」は普通の職人を描いたものですが、お化けが人になっただけで、最終章らへんの絵巻と内容が似ていて、これらの絵巻が風俗図の一種であることを報せます。
まず、とても楽しくて笑えた展覧会で、それが素晴らしかったです。仏教初め、歴史や色々な風俗と結びついているのも興味深かったです。そういう意味では不定形の豊かな文化財で、水の美術館たるサントリー美術館の出し物としてもとてもふさわしかったと思います。
日本の歴史を貫徹する笑いの鉱脈の極太のものとしてもとても興味深かったです。ありがとうございました。
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