東京国立博物館 尾形光琳生誕350周年記念 特別展「大琳派展-継承と変奏-」

#その他芸術、アート

行って参りました。
最初の方にあった宗達の「桜芥子図襖」がいきなり最高級に素晴らしくて、感動しました。上辺の儚くも美しい桜と、下辺の厚ぼったい葉を持った赤い芥子のバランスが凄く、沁み入ります。

次の部屋には四人の「風神雷神図屏風」が。まずオリジナルの宗達は人ならぬ感じが一番します。見開いた目と、腹部の異形が印象に残りました。遠くから観ていると、頭上からパリパリドゥンドゥン、と衝撃音が響くような感覚がするのですが、錯覚というよりやっぱりそういう作品なんだと思います(笑)
光琳のものは均整が取れていて、目も人間的です。叢雲の黒が特徴的で、生乾きの漆のような、瑞々しさがありました。
抱一になると更に可愛らしくなっていて、歌舞伎役者かもっと言えば、小鬼めら、とか呼びたくなるような雰囲気でした(笑)特に風神は弱かったと思います。
其一は創意を加えたもので、動的な印象が特徴的です。広重のような遠さもあるのですが、そういえばこの二人は生まれ年と死因が良く似ています。
他の作品が特殊な宇宙そらとも言えそうな空間に居るのに対して、其一の風神雷神は実際の空に居ます。遠くから見ると、下からびゅぉーっと強烈に吹き上げられる感覚がする作品で、雷神的な宗達と風神的な其一、と言えるかもしれません。

宗達の物語を絵に起こしたものは、工房で作ったようで創意が抑え目な感じがしましたが、「源氏物語図・空蝉」が場面のなんともいえない感じが出ていて、面白かったです(笑)
「兎図」は柔らかくうっすら浮き上がる、たらしこみを使った絵で、可愛らしいし独創的だと思いました。

光悦の書は相変わらずどっしりしていて素晴らしいです。字中の緩急に文中の緩急、と完璧と思わせる美しさです。
押されていた印も、甲骨文の様で良いデザインでした。

乾山は「染付金銀彩松波文蓋物」がうるうると盛り上がった、と言いたくなる様な美しい一品。角皿たちも小さい中に色々詰まっていて、最高級のマーブルチョコの様です。

光琳はとても好きな作家です。凄い人だから好きなんだと思っていたんですが、どうもかなり寛いだ人だった様で、そこら辺も好きなのかも知れないと思うようになりました(笑)

最初にあった「寿老人・山水図団扇」が端的で、円らな瞳が実に可愛らしかったです(笑)光琳さんの良い所です。
「鳥獣写生図」もユーモラスな孔雀で、丸みのある線で描かれた尾っぽとか、どれだけかわいいのかと思いました(笑)
神品(個人的に)「竹梅図屏風」とも再会。どこまでも自然で、入り込んで観るほど気持ち良くなって来ます。

かの高名な「八橋蒔絵螺鈿硯箱」も実見。硯箱の形を生かした、八橋の工夫が有名ですが、単純な美しさも無類です。「蔦図香包」も香包として楽しいように作られているそうで、光琳は分野分野に適応して作るのが上手いなぁ、と感心します。過ぎ去りし人の柔軟性が偲ばれます。

「水葵蒔絵螺鈿硯箱」はうるさくなる手前の、絶妙の螺鈿細工。
「小袖 白綾地秋草模様」も控え目な上品さが、主人公を映えさせた事でしょう。

ここまでで早くも三時間が経過。いったん出て昼食を。

後半の最初には、「光琳」は個人ではなく江戸のデザインそのもの、ということで、琳派風の作品が並んでいて、永田友治の「豆兎蒔絵螺鈿硯箱」ですとか、琳派風に加えて、重厚な美しさがあって良かったです。。

次は抱一で、「柿図屏風」の等伯ばりの侘び方が素晴らしかったです。
「観音像」は柔和さに溢れていましたし、「四季草花蒔絵茶箱」なんていう、まさに宝石箱のような作品もありました。

ただ、抱一は天才だと思うんですが、それでもこの面々と並ぶと少し弱い気がしました。普段は周囲と比べて著しく映えることが多いので、驚きですが。
もっとも、ここら辺まで来ると疲労困憊で嘆かれている方も多くて、私にもそういう影響があったかもしれません。

其一は果たして琳派なのか、と解説にも書いていましたけど、宗達、光琳、抱一とだんだん洗練されてきて、其一で拡散します。

其一は円山派にも学び、「流水千鳥図」の波紋には北斎の影響が見られるそうですし、「蔬菜群虫図」の病葉には若冲の影響が見られるそうです。同時代にこれだけ優秀な画家が居れば、その長を取り入れようとすることは、進取の優秀な画家なら誰でも試みることだと思うので、この時代の本物の琳派は、其一のような形を取る以外に存在し得なかったのかも知れません。

そもそも私が色々な展覧会に足繁く通うようになったのは其一がきっかけで、プライス・コレクションの「青桐・紅楓図」の繊細な質感に感動したことと、帰って来てホームページの写真を観て、ニュアンスがまるで残っていないことに衝撃を受けた事からでした。これは実地で観なければいけないと、とても好きであると共に原点的な人なのです。
そういうニュアンスは「暁桜・夜桜図」の霞の表現に濃厚にあって、突き詰まった繊細さを感じました。

横目でちらりと見つつ、ついに出た、と思ったのは「夏秋渓流図屏風」で、実際に見ると混沌としながらも美しい作品として完成しているのが分かります。散りばめられた苔が天然の力を示すと、直立するお菓子作りのような木が受け止めます。脈絡無くも絶妙に配された花や紅葉が、金地の上で瞬き周囲の空気に幻想性を与えます。川のデフォルメは思ったより琳派風で、やっぱり琳派の作品なのだと思います。使われている青はフェルメールと同じ、ラピスラズリだそうです。
独創的な色彩が乱舞していて、音楽で言うとやっぱりシューリヒトに似ていると思います。写実的だったり、楽譜に忠実だったりする傾向を一方で持っていることも似ていますし。其一は作風のヴァリエーションがとても多いですし、シューリヒトも同じ作品を同じ様には指揮しなかったといわれています。明るく清らかな生命力が魅力の基調にある所も似ています。

「歳首の図」は真ん中の絵は簡素なんですが、表具と一体化した周辺部分が極めてめでたい豪華さ、という創意と構図感覚が素晴らしいです。

全部見終わると閉館10分前位だったので、空いているだろうと思い宗達の「風神雷神図屏風」をもう一度見に行ったのですが、そこだけ黒山の人だかり。
皆様、早くいねられい(ぉぃ

そんな事をしているうちに、皇室の人が来たということで、入り口が閉鎖。「特別扱いかよー」と怒って歩いている人が居ましたが、落ち着かないでしょうから、一長一短ですよねぇ。私はその間に其一の作品を余計に見られました(笑)
結局終日居たわけですが、恐ろしくも充実した展覧会で、また、図録を買ってしまいました。

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