行って参りました。
この展覧会があると知ったのは、東京国立博物館でチラシを手にしたときでしたが、その瞬間違和感が。
あれ、紙質が良くない―――――。
恐らく予算が無かったのでしょう。南国の雄、といいますか、伝統ある仏教国であるスリランカの宝が来るのに、予算が無いとは・・・!
僕が行かないで誰が行こう。心の中で悲憤の涙を流しながら、展覧会に行くことを決めたのでした(大げさ)
まず最初に金色の「如来坐像」が。日本の坐禅とは微妙に格好が違くて興味深かったです。
坐禅はざにくあつくしくべし、ということで、尻に座布団を挟んだりするので、微妙に前傾するんですよね。スリランカの仏像は結跏趺坐ではなくて、勇猛坐という坐り方で、横から見ると仙骨から頭の飾りまで一直線で、独特のかっこ良さがありました。
冒頭にあったこの如来坐像は流石に逸品で、鼻筋の通り方が素晴らしかったです。
水晶で出来た「舍利容器」も綺麗でした。誰の骨を入れるんでしょうねぇ。
ここでスリランカの年表が。イブン・バットゥータが訪れる、という項目がありましたけど、今でもああいう人が、どこかで放浪しているのかもしれないですねぇ。
タミル人が侵攻して来たらしく、彼らはアーリア人に圧迫を受けた人たちなので、ところてんの様だな、と思いました。
次にあったのはそのままズバリの金塊でした。金の色は黄色マジックで出る、なんていわれますけど、傷がたくさん付いていて乱反射していて、骨董的な味わいが出ていました(笑)
素晴らしかったのが「ターラー菩薩坐像」でグラマラスな上半身裸の女性が禅定していて、とても美しかったです。これは隣に居た女性二人組みも、綺麗・・、と感嘆するほどの出来で、見事でした。
「尼僧の告白」という岩波文庫でもっとも官能的なタイトルを持つ本のあとがきに詳しく書かれていますけど、初期仏教は尼僧の教団があったことに特色があったらしく、上座部仏教はそういう流れを受け継いでいたようです。そういう歴史がこの仏像にも込められているのかもしれません。
それにしても、何で日本にはこういう肉感的な女性の仏像が無いのだ、と心の中で悲憤の涙を流していたのですが、そういえば日本では女性は母親の役割が優位で、女性性としての部分は強調されない、と河合隼雄氏が書いていたのを思い出しました。
母性溢れる中性的な観音様がこの像の代わりに日本にあるのだと思いますが、異文化に触れられるのは実に喜ばしいことです。海の向こうに補い合うべき同朋が居ます。
「ジャーングリー坐像」ですとか、同じ感じの素晴らしい作品が結構あって、この文化圏は女性を彫らせると強いなと思いました(笑)
男性風のものでは「観音菩薩坐像(35番)」の寛いだ雰囲気が良かったです。自然な佇まいが仏教らしかったです。
「インドラ立像」が三鈷杵を持った像で、有無を言わさず清められそうな力強さがありました(笑)
「アシュヴィン騎馬像」は細密で、重心の低い騎馬像で、上の乗っている二人をギリギリで支えている感じに際どい躍動感がありました(笑)
「シヴァ・ナタラージャ像」は炎を纏った、翼の生えた像で、怪しい雑味もあって霊烏路空を思い出しました(^_^;)
「スンダラル立像」はヒンドゥー教の聖人を彫ったものだそうで、ヒンドゥー教の聖人ってどんな人なんだと思ったら、詩が上手かったそうです。ヒンドゥー教らしいですねぇ。
「扉装飾部品」が象牙を豪華に使ったもので、デザインに加えて長年のなれが柔らかい質感を出していました。
「スダルシャナ・チャクラ」もエネルギーに満ち溢れた一品。
吸い寄せられたのが「宝石箱」で、銀で出来た、草花の細かい装飾が彫られた優美な箱が、清楚ながらも幻惑的な美しさ。
他にも様々な品がありました。美しいし、文明が一塊で飛んできた様な、そういう根源的な力を持った展覧会でした。
残りの時間で、秋の庭園解放をしていたので、回ってきました。応挙館ですとか、周囲に白い砂利が深く撒かれていて、その時は工夫をしても足音を立てないで館に近付けなかったので、多分侵入者除けなんだろうな、と思いました。
六窓庵という金森宗和好みの茶室もありましたが、掘っ立て小屋の極み。勿論意図されたもので、茶道の歴史を聞きかじるにつれ、本来の茶道は現代より野性的だったのではないかと感じることが多いです。戦国武将が茶道、なんていうとおかしみを感じるものですが、実は茶道の方が彼らに近いものだったのかもしれません。
飾り過ぎる位に飾らない建物でした。
九条館の狩野派が描いた障壁画がチラッと見えたんですけど、自然光での映え方が、やはり良かったです。
銀杏がかすかに匂う、楽しいお庭でした(笑)
通常展も時間の許す限り。
まだおわしましたガンダーラの「如来坐像」は、いつ見ても感動します。仏像は慈しみを伝えられる、素晴らしい彫刻だと思います。御健勝で何よりです。
展示替えされた所では、「十一面觀音菩薩立像」が素朴さ極まる自然な美しさで、好みでした。
「四天王立像 広目天」は光背まで燃え盛る凄まじさ。気高き野獣、といった趣です。平安後期作の「軍砂利明王像」が格好がギャグっぽくて笑ってしまったのですが、やる気が無いのか、それとも現代とは少し感覚が違うのでしょうか(笑)
私はゆっくり観るタイプなので、東京国立博物館に来ると、展示品の多さからペースを崩してしまうことが多いのですが、今回はペースを保って楽しく見られました(笑)
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