城 王たちの物語 悲劇の女王 メアリー・スチュアート ~エジンバラ城とスコットランドの諸城~

またさらに場所や時代が違いますが、とりあえず録ってあった「城 王たちの物語 悲劇の女王 メアリー・スチュアート ~エジンバラ城とスコットランドの諸城~」を視聴。

メアリー・スチュワートは180センチもあったんですね。スコットランドとイングランドの戦いをケルトとアングロサクソンの戦いとして放送していましたけど、こういうのは現代では学問的に怪しいのではないですかね?ナショナリズムに使われた歴史としてはそうなのでしょうけど。

安穏とした生活を捨てて、フランスからスコットランドへ渡るところが、大きな分岐点。敢然としています。
こういう行動にはデイヴィッド2世の影響とかがあるんですかね。ジャンヌ・ダルクも時代的に近いですし。

ヨーロッパ史を概観していくと、過去の未来に与える影響の強烈さを感じますよね。こういう面でも歴史は重要です。

イングランドの王位継承者としての争いが、一つの焦点。ヨーロッパ各国は婚姻関係で結ばれていて親戚同士であり、メアリーは傍流のエリザベスより、継承順位が上です。絶体絶命の状況でも、こういった名分が効いてくるんですよね。

これもそうですけど、中世ヨーロッパの激しい攻防を概観してみえてくるのは、外交における名分の大事さです。

とはいえ、東洋でも大義名分からくる正論は外交の要でした。

「本当は危ない『論語』」((NHK出版新書) (加藤 徹 (著)にはこういった視点から、孔子の「峡谷の会」が取り上げられています。

論語の「子曰く、法語の言は、能く従うことなからんや。」(正しい表だったことばには、従わずにはおれない。)というのは、内省的な文脈ではありますが、交渉において正論・大義名分を巧みに使った孔子の雰囲気が出ているのかもしれません。

中国の術数権謀を集めた「戦国策」は、いかに筋を通して優位に立つか、といった話が多いです。

白川静さんは、(一通り古典を読んだ後に読む本として、実際的な)悪知恵の限りを集めたような本だ、ということをおっしゃるのですが、現代の悪知恵にもならない悪知恵からすると筋が通っているものが多いともいえるでしょう。

日本でも戦国や幕末を中心に、筋や大義名分というものを武器にして相争っていたのがわかります。

現代では、靖国の参拝は世界全体に対して日本の名分や正統性を失わせるものだ、という視点が全くありません。

平和ボケからくる外交下手、というのがあるのでしょう。

エリザベス一世との戦いを描いていますが、共に優れたリーダーシップを持った君主です。エリザベスは傍流ですし、メアリーは四面楚歌で立場が苦しすぎます。

共に苦難が二人を育てたのだと思いました。

しかし、メアリーはスコットランドをまとめるのに失敗します。やっぱり全般的に観て、メアリーは堪え性が無い印象。もっと胆力があれば、エリザベス一世のような強力な君主になれたのかもしれませんね。

宗教改革をみていると、「信教の自由」というのがどのような意味で成立したのかが肌感覚でもよくわかりますよね。「政教分離」もまたしかり。そういった所も舞台の影の見どころなのかなと思います。

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