また統帥権について言えばイギリスにもあるのに「暴走」していない。
この違いを論じなければいけないのに、司馬遼太郎さんは論じず、磯田道史氏が触れているのも読んだことがありません。
つまりこれ(統帥権)は決定的な要素ではないということです。
あえて仕組みということであれば、私は戦前の天皇制のありかたそのものを批判するべきだと思います。
それに統帥権が悪いというのはもっと本質的に言えば戦前の天皇制が良くないということです。
そういう天皇制を非難しない意味でも、末節を持ち出して本質的な議論を避けていると感じるのです。
また、封建制の観点からみて他国と差がなかったというのが、現代のスタンダードな史観です。
それと違う説を述べるのであれば、学者として根拠が必要なのでは?
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