太田記念美術館 「笑う浮世絵-戯画と国芳一門」前期 その4

#その他芸術、アート

山本太郎さんの事件は随分な騒ぎになっていますけど、ご本人が、口で言うと長くなるので手紙に書いた、と言っていましたけど、どこまで行っても、それ以上の意味は出てこないのでしょう。口の延長としての手紙だったといえます。

11月1日のNHKのニュース9の最後では、山本太郎さんの事件について、味方をするような声はほとんどありません。議員辞職をするべきだという声が上がっています。と最後に。

NHKの意見は一体どこにあるのか。何が問題で議員辞職に値するとか、意見を言わずに、権力筋の意見を引用して意見に変えるというのは、報道機関としてどのような見識なのでしょうか。

この日の朝の森本毅郎さんのラジオでも、安倍の周辺の人間4人を 経営委に起用する、NHKの国と一体化した人事に怒りが爆発していて、中立を保つために国民から直接徴収するのではなく、もう国営化してしまえばいいんだ、と森本さんが怒っていました。

流石にここまで露骨だと、新たに怒り始める人も相当出てくるだろうと思います。

tbsの「ニュースキャスター」での齋藤孝教授は①常識的におかしい②請願法に抵触する。と二段階におかしいといっていましたが、請願であるというのはどのような根拠で言っているのか。VTR中でも請願であるとは断定できていませんでした。

主権回復の日に万歳を浴びせたり、オリンピックの招致に協力させたことなどは、同じようには批判はしていなかったと思うので、齋藤教授「常識」の範囲内なのだと思いますが、そのような常識にどの程度妥当性があるのか。永世棋聖の時も、おそらく少なくとも同等の問題だとは思わなかったですよね。

「福島で脱原発7千人集会 「不安抱き続けている」」(http://www.47news.jp/CN/201311/CN2013110201002023.html)などということも当日はありましたが、番組は伝えなかったと思いますし、コメンテーターも言及しなかったでしょう。

強い口調で、こちらもまた非難の対象が選挙民にまでむけられましたけど、むしろ、山本さんが伝えようとしているようなことを、テレビで全く伝えてこないどころが、逆方向の話しばかりをしている齋藤孝さんの責任はとても重いのではないでしょうか。

「山本太郎議員の手紙に 国内「辞職すべき」海外「サンキュー、太郎」その理由とは」(http://news.livedoor.com/article/detail/8214925/)など海外との温度差もこのことでは話題になっていて、記事中などでもいろいろ解釈されていますが、わたしはその理由の大きな一つとして、人に手紙を渡すのが失礼、という感覚が理解できないんだと思います。現人神的な感覚がまだ残っているのではないでしょうか。

記事中、国内では政治利用が主な争点、とありあますが、テレビなどでは、そのわりには過去の政治利用と目される例とは比較されませんよね。やはり、手紙を渡すのは失礼、というなんとなくの感覚が、まず第一に先立ってしまっているのではないかと感じます。

普段あまり強いことを言わないような人、批判するべきことを批判しないような人が、かなり強い口調で非難しているのも目に付きますが、やはり、客観的な法律意識からそのようなことが出てきたというよりは、何かのタヴー意識に触れてしまっているからと考えるが妥当なような気がします。

いわゆる保守の人たち、という言葉でくくることもできるかと思いますが。

TBSの荒川強啓さんのラジオでは、宮台真司さんはこの問題について「顕密体制」について議論していましたが、新興宗教と比べるのは恐縮ですが、もしくは会社の理念もそうですが、中心付近の人物、本人達が信じていないと周りも信じないものなんですよね。

そういう意味では、戦前や戦後においても、実は政府中枢付近の人も、現人神的な意識は強く持っていたのではないかと思うんですよね。もしかしたら表層意識では自覚していなかったかもしれませんが。

そういうものが表れた反応ともいえるでしょう。

一方で本当に田舎であるとか、ローカルな庶民は、戦中には、天皇で駄目ならほかの人に治めてもらった方が良い、などと考える人が結構いたようで、必ずしも、現人神意識が浸透していたとは言えないでしょう。

「顕密体制」という言葉からは、このような逆転現象も観て取れると思います。

手紙の中身については、ご本人は、特定秘密保護法の部分がメディアに取り上げられないのをおかしいと思っているみたいですね。

今回の行動は、特に作為なく行われたものであるでしょうし、客観的にも問題はない、と思いますが、事実として反発する人は多いでしょう。

なるべく多くの人が脱原発などを支持しやすいような空気作り、状態を作ることが山本さんの一番の使命です。

行動のすべてを、多くの人が支持しやすい方向性に整えることが、一番の目的への近道ではないでしょうか。

前にも引用した、最強の手段は最善の手段ではない、という羽生さんの言葉は味わい深いですが、そういうものをもとに、最善とは何かということを考えてみることは無駄ではないのではないでしょうか。

あと、私はできれば広瀬隆さんのグループとは距離を置いた方が山本さんの、日本のためになると思うのですが。

「山本議員「手紙」 軽挙慎み脱原発を前へ」(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013110202000169.html)は東京新聞らしい過不足のない総括。

内田樹さんの(https://twitter.com/levinassien/status/396159380636180480)という文章も見つけましたけど、これは山本太郎さんが天皇を政治利用しようとしたということが前提の論考となっています。

そうではなく、山本さんが言う通り、伝えるという以上の意味がなかったので、なんとしても非難したいと思っている人たちも、理屈で押せていないのだと思います。

「「議員辞職もの、政治利用そのものだ」下村文科相 「田中正造に匹敵する」」(http://sankei.jp.msn.com/life/news/131101/edc13110110070000-n1.htm)と田中正造を批判的な文脈で扱っていることが話題となっていますが、このことをテレビは全く報じません。これは偏向だといえます。

これこそ議員としての資質が大きく問われる発言なのです。

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