サントリー美術館 生誕250周年谷文晁 第一展示期間 その1

#その他芸術、アート

棋聖戦の第三局も面白い将棋でしたね。ぐちゃぐちゃした混戦でしたが、最期に羽生棋聖に見逃しがあったということでしょうか。
中盤の渡辺竜王の5二金は良さそうな手。「羽生の頭脳」で詳述されている3七銀戦法の4六銀出に4五歩と反発する変化に結論を出した5七金と同じ感触がします。

7月8日のスーパーJチャンネルの午後5時半ごろのニュースでは、電力各社の安全審査申請を取り上げていました。電力会社の社長は、電気を供給する為に再稼動を申請した、といっていましたけど、供給は足りていて、純粋に経営問題です。電力会社の社長はまずは嘘をつかないところからやり直さねばなりません。

各電力会社が審査を申請する中、東電は泉田知事の了解が取れずに柏崎刈羽の6・7号機の申請を断念、と言っていましたが、他の地元の自治体でも賛成をしていないところが大多数を占めています。泉田知事を、変な人が変な事を言っているせいで遅れているんだ、という文脈にはめ込もうとしているように感じます。

スタジオに戻って大谷コメンテーターは、安い電気を作らせてくれというのは当然だ、電力会社を批難するべきではない。と発言。
原発に経済性が無いことは一通りの情報を集めている人ならすでに誰でも知っています。いまだに嘘に嘘を重ねて原子力ムラ報道を貫こうとする姿勢は、極めて歪んだものを感じさせます。

そして朝日は既得権の強烈な擁護者であり、国に隷属しているという点で、極めて保守的なメディアなのです。

渡辺アナウンサーは久米さんを目指しているそうですけど、このようなコメンテーターばかり招いてしゃぁしゃぁとやっているのでは、逆方向に進むばかりであるといえるでしょう。

どの番組だったか忘れましたけど、復興は争点にするべきではなく全党で取り組むべきだ、といっていましたけど、実際は復興よりも国土強靭化を優先する某党など、党によってその取り組みに非常に濃淡があります。そのような復興予算の横流しをする党のぼろを隠すかのような発言であるといえるでしょう。

7月8日のモーニングバードはまた原発の立地地元を訪れて地元の声を拾って、再稼働しないと経済的に困るということを言わせていましたが、彼らとて政府が戦略的に地域で新しい産業を興す方向に持っていけば反対しないでしょう。そのような方向で問題提起をするのが報道というものではないでしょうか。

おひるのワイドスクランブルでも同じ映像が流れ、川村晃司メインキャスターは東電が前もって泉田知事を訪れ無かった事を「ミス」と表現。
誰がどうみても意図的であって、このように表現する倫理観を疑います。

吉田所長の死は色々な媒体で色々な切り口で伝えられましたが、取材をして詳しい本を書いた門田さんが語る、15日に2号炉の格納容器が破裂しそうになった下りは、まさに緊迫感があり、「チェルノブイリの10倍の事故になるところだった」とのこと。

このことは、首都圏がまったく駄目になると覚悟していた、というような表現でも良く伝えられていました。再稼動を目指すニュースで必ず共有されるべき事実なのに、報道されているのをみたことがありません。

取り上げるのも気が進みませんが、武田鉄也が朝にラジオで、避難をしたから人がたくさん死んだんであって、避難しなければ良かった、と言っていましたが、このような状況を踏まえた時に実際に取られた避難範囲は狭すぎたというべきだったと思います。30キロの同心円はアメリカの基準などと比べても狭く、適切なものではなかったと、もっと意思決定の過程などが検証されるべきですし、さらに核爆発の危険が遠のいたその後も、同心円での区分に固執したことについても責任を追及されるべきです。

現在でも福島での甲状腺がんなどの状況は、まったく予断できないものですが、これも報道されることはありません。

しかしこの報道ではメルトダウンということばが、当然のように、あっさり使われています。国が再度メルトダウン(メルトスルー)を認めた当時の報道は各紙面テレビ共にメルトスルーという言葉が踊り、メルトダウンという言葉はほとんど使われていなかった記憶があります。

メルトダウンを隠していないんだよ(メルトスルーだから)といった感じや、メルトダウンとは違うんだよ(実際はもっとひどい)といったような印象操作を感じたものですが、いまではあっさりメルトダウンという言葉を使うところに、一時期の糊塗する期間は過ぎたのだなという思いを持ちます。決して慣れてはいけないことであって、初心を持ってニュースに臨む必要があるといえるでしょう。

報ステでは門田さんのお話が終わって、恵村コメンテーターは原発再稼動などについてもっと語って欲しかった、といっていましたが、なぜか門田さんが相槌を打つような動きをしなかったのが印象的。

続いて古舘さんが、番組では地震では原発がすでに壊れていたのではないかという事をずっと追ってきたが、それについての証言が無かったのが残念だということを言っていましたた。

山口一臣さんが新聞社について突っ込んで語れないように、組織としての東電に不利な情報を率直に語れなかったのは、吉田所長の限界でもあっただろうと思います。

また番組内で指摘されていましたが「原子力設備管理部長を務めていた08年には、大津波の試算結果を知りながら対策を取らなかったなどと批判した。」(「福島第一原発の吉田昌郎元所長が死去 事故時に現場指揮」(http://www.asahi.com/obituaries/update/0709/TKY201307090196.html))というのも忘れてはならないところです。

事故直後では唯一の明るい話題としテレビが英雄視して報道していましたが、当事者の東電の社員を大して調べられていると思えない状況で、こんなに褒め称えて倫理上良いのかと思ってみていました。雰囲気のごまかしに一役買ってはいたといえるでしょう。

加えて、7月10日の吉田照美さんのラジオの冒頭で金子勝さんのツイッターを引用していましたけど、屋内退避のままでベントした、ということは問題で、本人もその点については責任を感じていたでしょうが、たしか以前のインタヴューで、すでに皆かなり遠くまで逃げていたものだと思っていた、と証言したものがあったと思うんですけど、今ちょっと調べて出てきませんでしたね。

それが真実かはともかくとして、原子力安全委員会委員長だった班目春樹がベントの際は3キロの退避で良いと判断したといわれていますので、一番の責任はそこが負うべきでしょう。まったく追及も検証もされないまま、この名前も忘れられつつありますが。(日本人が忘れやすい、という説をメディアが流す時がありますが、ただ単にテレビなど大手メディアが取り上げないだけだ、というのが正しいといえます。)

また死因については、飯田哲也さんのつぶやき(https://twitter.com/iidatetsunari/status/354531214520090624)が話題になっていて、江川紹子さんがこのつぶやきを否定したつぶやきをリツイートするなど、否定的な考えなのだと思いますが、疑ってみることは必要だ、という立場が悪いとは思わず、妥当だと思います。

加えて、荻原博子さんが7月10日のワイドスクランブルで指摘していたように、また同時に原子力保安院の福島原発担当者7人全員が逃げたので、吉田所長が陣頭指揮を取る事になったということも国民全員に記憶されねばなりません。このニュースはぐぐっても大手メディアが報道したものは出てきませんね。しなかったのでしょうね。

この日だけ、門田さんが出た部分だけでしたが、選挙の前に「チェルノブイリの10倍の事故になるところだった」という吉田所長の証言がテレビで何度も流されたことは、色々な人に改めて原発を考えさせることになるでしょう。

それはまさに吉田所長の「メッセージ」というべきものなのだろうと思います。

ご冥福をお祈りいたします。

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